第10話 扱い違い
それから俺達は色々な店を見て回った。柊と片瀬はそれぞれ気に入った物があったらしく、何着か購入していた。
「――そろそろお昼にしよっか」
時刻はお昼すぎ。柊の申し出を断る理由はなく、それは片瀬も同じだった。
「よっし、それじゃついてきて!」と先導する柊。なんでも美味しい店を知ってるとか。
期待に胸を膨らませ――いや、期待に腹を空かせて歩くこと5分強、レンガ造りの小ぢんまりとしたお店の入り口前で柊が足を止め、振り返る。
「ここよ…………あんまり大きな声じゃ言えないんだけど、知る人ぞ知る穴場なの、このお店」
「おおぅ! さすが柚希ちゃん! なんでも知ってるんだね!」
声を潜めて言った柊に
「ふふん……でしょ?」
腰に手を当て、えっへんと胸を突き出した柊。相当な自信をお持ちのようで。
俺は窓越しに店内の様子を窺う。昼時にもかかわらず客の入りが微妙。立地の問題もあるんだろうがそれにしたって
穴場ってワードを言いたかっただけでただの人気ない店なのでは? やんややんやと柊を褒めている片瀬の
――――――――――――。
少しでも疑ってしまった自分が情けない、殴り飛ばしたい……そんな感想が真っ先に浮かんでしまうほど、このお店のメニューは
味だけじゃない。高校生のお財布にも優しいリーズナブルなお値段、落ち着ける空間、ひと時でも忙しなさを忘れさせてくれるこの場所は……なるほど、他人に教えたくない最高の隠れ家だ。店の人には申し訳ないけど。
「んん~! とろけるぅ~」
「だね~。柚希ちゃん、あたしここの常連になってもいいかな~?」
「全然いいよ~。気に入ってもらえてなにより~」
向かいの席に座っている女子二人は食後のデザートに
「しかもだよ~、沙世~」
「な~にぃ? 柚希ちゃ~ん」
「花厳が奢ってくれるんだって~」
「え~ほんとに~? ごちそうさまで~す、花厳く~ん」
どうやら俺の財布も溶かす気でいるらしい。
「ちょっと柊さん? 嘘はダメですよ嘘は」
「え~いいじゃ~ん、減るもんじゃないんだし~」
「確実に減るよね? 俺の財布から」
「女の子の分まで出してあげる男はカッコいいんだぞ~」
「いや、真にカッコいい男ってのは安易にカッコいいと思われることをしないんだよ。つまり、ここで堂々と割り勘を要求する男が真にカッコいい……てなわけで割り勘でよろしく」
「なにそれかっこわる~…………ん?」
身も蓋もねーなおい! と俺が突っ込みを入れてると、不意に柊がスマホを取り出した。
「……電話か?」
「あ、うん――ちょい席外すね」
随分とスマホが忙しそうだな……。店を出ていく柊の背を見つめがら俺はそう思った。
「……………………」
柊と茶番を繰り広げていた時から気付いてはいた。キョトンとした表情で今尚こっちを見ている片瀬に。
「…………あの、俺の顔になにかついてます?」
「え――――あ、ううん! なにもついてないよ! ……あ、機会を逃しちゃってここまで言えなったけど、店員さんから
「ああ、いえいえ、お気になさらず」
「…………うん」
手に持ったスプーンを皿の上に置いた片瀬は、視線を落として下唇を浅く噛む。感謝というよりは不満に近い顔をしている。
知らぬうちに気に障ることでもしてしまったか? 俺は今日一日を振り返るも思い当たる点は見つからず、だからこそどうしたらいいか悩む。
『まだ他に言いたいことがあるんじゃないですか?』と訊くのもアレだしな。それでなにもなかったら変な感じになるし……いやもうすでに変な感じではあるんですけどもね。
「…………花厳君は、柚希ちゃんとすごい仲良いよね」
どうしたものかと俺が思案してる中、片瀬は食べかけのプリンアラモードに目を落としたまま、微かに震えた声でそう言った。
「いや、仲良くはないですよ」
「ううん、仲良いよ…………だって花厳君、柚希ちゃんと喋る時は〝敬語〟じゃないし、〝柊〟ってちゃんと名前呼んでるし……二人とも、話してる時すごく楽しそうだし……」
片瀬が遠慮気味に視線を向けてくる。
「あたしには敬語だし……名前、呼んでくれないし……すごく他人行儀だし……」
彼女の言う通り、柊には割と砕けた感じでいけるが、片瀬にはどうしても気を遣ってしまうというか一歩引いていた。そのせいで彼女に他人行儀という印象を与えてしまっていたらしい。
ただそれはそれぞれの性格を考慮した上での接し方であって、それが嫌だというのなら俺が間違った配慮をしていたと素直に認めるまで。お望み通りテキトーにいかせてもらおう。
「……………………」
あ、あれ? 想像以上に恥ずかしくないかこれ。
柊と喋る時の感覚でいいとわかっているのに、思ったように言葉が出てこない。
敬語使ってた相手にいきなりタメ口に切り替えるってこんなにも抵抗があるもんなのか。
きっとコミュ力高い人間なら違和感なく自然にこなせるんだろうな……そもそもコミュ力高い人間は初めから同い年相手に敬語使わないか、知らんけど。
不安げでありながら、どこか期待を孕んでいるような片瀬の眼差しに、耐え切れなくなった俺はゆっくりと顔を逸らす。
「……か、片瀬がその、敬語がお気に召さらないって言うんなら、タメ口でいかせてもらうわ……」
「……………………」
え、無視? 心臓バクバクいっちゃうほど頑張ったのに無視?
俺は天井で優雅に回転しているシーリングファンを見つめながら、反応を示さなかった片瀬に内心焦る。
…………無理、この状態はキツいって!
これはさすがにと俺は恐る恐る片瀬に視線を戻した。
彼女は意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「花厳君。よく聞こえなかったら、もう一回言って?」
「いや絶対聞こえてましたよね? 完全に茶化してきてますよね?」
「…………敬語になってる」
「あ、うそうそ、今のは違くて……言い直す――――いや絶対に聞こえてたよね? 完全に茶化してきてたよね?」
「……ふふ、なんかおかしい」
なんともぎこちない会話。でもそれが良いのか――それが良かったのか、
「こんな感じが良いな」
片瀬は子供のようにあどけなく笑ってそう言った。
「――ごめんごめん、友達からだった…………ってあれ? なんかあった?」
と、戻ってきた柊が不思議そうな顔して片瀬に訊ねる。
「ううん、なんにもないよ!」
「そう? にしては楽しそうというか、嬉しそうというか」
「そう見えちゃうのはきっと、このプリンアラモードのせいだよ!」
スプーンでプリンを掬い、お口へ運んだ片瀬は、「ん~おいしい~」と
「……ひょっとしてぇ」
一目見ただけで柊が
だから俺は、彼女から注がれる好奇の視線に気付いてない振りをした。
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