第8話 感想求む

 日曜午前10時、阿佐ヶ谷駅構内。集合場所は改札を出て少し先にあるコンビニの前。


 うわ、いやがるよ……当たり前だけど。


 指定されたコンビニを目前に談笑している二人の姿を見つける。


 これ、俺いらなくね? たいして仲良くもない異分子を加えず気心しれた者同士で過ごした方が絶対有意義だと思うんだけど。


 くるっと回って帰りたいという気持ちを必死に抑え、俺は足を前に進める。ここで逃げてもあの二人が家に押しかけてくる……俺には逃げ場などないのだ。


「お――かざりーー、こっちこっち!」


 先に気付いたのは柊だった。彼女は馬鹿みたいに大手を振って存在を主張してくる。


 一方、片瀬は主張の激しい胸の前で小さく手を振っている。


 所作しょさ一つでこうも違うとか、ほんとどうやって仲良くなったんだよ。つか柊うるさい、恥ずかしいからデカい声出すのやめろ。


「悪い、待たせたか?」


「んや、私らもついさっき来たとこ。ね?」


「え? あ、うんうん」


 柊に振られた片瀬がペコペコと頷く。


「それよりも~…………」


 柊は顎に手を当て前屈みになり、俺の身体を上から下、下から上へと隅々まで見てくる。


「……なんだよ」


「ん~なんか……思ってたのと違う」


「だからなにが?」


「ボッチの人って究極的にダサい格好してるってイメージ持ってたからさ、花厳もそうなんかな~って若干期待してたんだけど……至って普通というか、無難というか」


 そう口にした柊の表情は実につまらなそうなものだった。全国のボッチに謝りやがれこのクソアマ。


 因みに俺のコーデはマネキン買いからなるもの。アパレル店員が見繕ってくれたんだからそりゃダサいわけない。


 しかしあれだ……この女めっちゃお洒落だな。


 ファッションにうとい俺でもわかる。いや、ファッションに疎いからそう見えてしまうのかもしれんが……でもまあやっぱりお洒落な方だと思う。


 だってデニムジャケットに腕を通さないで肩に羽織ってるんだもの。あれやる人ってファッションに相当自信ある人かバトル漫画の強キャラくらいでしょ。


 白のTシャツの上から空色のデニムジャケットを羽織り、下は黒のスキニーパンツ。ご自慢の髪を後ろで結び、グレーのローキャップを被っている。普段学校で見る柊よりも大人っぽい。


「ん? あれあれ? ひょっとして花厳、私に見惚れてんの?」


「え⁉」


 まじまじと見つめていたせいか柊に屈辱的な勘違いをされてしまう。その横で片瀬が驚いたような声を漏らしていたが……一体どれに反応していたのかいまいちわからなかったので、とりあえず無視しておくことに。


「別に見惚れてはねーよ。ただシンプルにお洒落だなーって思っただけ」


 おちょくれる部分が一つでもあれば良かったんだが、残念ながら柊は普通にお洒落だった。だから俺はそのまま感想を口にした。


「ふふん……でしょ?」


 あからさまに調子に乗る柊。とてつもなく前言撤回したい。


 そんな俺の後悔などつゆほども知らない柊は「じゃあじゃあ」と片瀬の背後に回り、その背中をグイグイと押す。


「――ゆ、柚希ちゃんッ⁉」


「ほおら、恥ずかしがらない恥ずかしがらない――――花厳、沙世も感想聞かせて欲しいって!」


「あああああたしそんなこと言ってないよおッ⁉」


 いやいやと抵抗をみせるも世紀末系女子の馬鹿力にまったく歯が立たず、片瀬はズルズルと俺の前に。


「あ、あわわ……そ、そんな見ないで……」


 俺の目を見るや否や、片瀬は真っ赤に染めあげた顔を両手で覆い隠してしまう。なにこれすんごく悪いことしてるみたいなんだけど。そんでもってなんでアイツはちょっと楽しんでんだよ。


 片瀬の後ろで『ほれほれはよ』と顎をしゃくる柊を見て俺は小さくため息をつく。


 片や見ないでと嫌がり、片や早くしろよと急かしてくる板挟みな状況。


 社会に出れば似たような状況に直面することが多々あるだろう。つまりこれはそう――社会勉強なんだ――と、俺は自分に言い聞かせ、片瀬に視線を戻す。


 ブラウンの薄手ニットに黒のロングスカートとカジュアルな格好だ。柊が派手目なせいもあってよりいっそう落ち着いて見える。


 しかしあなどるなかれ……体にフィットするタイプのニットが片瀬の豊満な乳をド派手に演出してくれている。


 そういう意味ではぴったりニットは片瀬にぴったりだ。


「あーえっと…………大人っぽくていいですね、似合ってますよ」


 俺が感想を伝えると、片瀬は指と指の隙間からつぶらな瞳を覗かせる。


「ほ……ほんとに?」


「はい」


「…………ありがとう」


 片瀬は礼を言いながら指を閉じ、再び隠れてしまった。


「……似合ってるって。良かったね、沙世」


 そんな彼女の肩にそっと手を置き、耳元でなにかをささやいた柊。


 一体柊はなにを伝えたのだろう、片瀬はブンブンと首を縦に振る。



 なんだろ、特に理由があるわけでもないのに見てるこっちまで恥ずかしくなってくる。


 二人の姿に目を向けていることがなんとなく躊躇われ、俺は視線を横に逸らした。


 これ……なんの時間?


 その問いに答えてくれる人間は当然ながらいなかった。

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