第6話 性格悪めな過保護女子

 ……最悪だ。


 帰宅途中、間もなく交差点に差しかかろうってところで、信号待ちしている一人の女子を見つけ俺は小さく舌打ちする。


 さきほど別れたばかりの柊だ。彼女はつまらなそうな顔してスマホを弄っている。


 仕方ない、面倒だが遠回りしよう。と、俺は別の道を進もうとしたが、


「――花厳?」


 気配を察知したとでもいうのかパッと振り返って声をかけてきた柊。さすがに名前を呼ばれてはと俺は遠回りを断念し、少し距離を空け信号待ちに加わる。


「なんでついてきてんの? ストーカー?」


「失礼な。こっちなんだよ、家が」


「ふぅん」


 一瞬で興味が失せたのか柊は再び視線をスマホに落とす。マジでストーカーと間違われてるのかと心配になっちゃったけど、どうやら冗談だったようだ…………冗談だよね?


 歩行者信号が青にかわり、俺は歩みを再開する。歩調を合わせているのかそれとも歩行速度が同じなのか、柊が隣に並んでくる。


「「……………………」」


 彼女もこの道が帰路なのか、しばらく無言の時間が続く。


 あ~、やっぱ一人って気楽ですばらしいものなんだな~。俺が視線を前に固定したままそう痛感していると、不意に柊が口を開いた。


「花厳さ、ほんとに〝ドッキリ〟だと思ってんの?」


「……え?」


 しっかり聞き取れたが俺は敢えて聞き返した。


「だ、か、ら――沙世の件、ほんとにドッキリだと思ってるのかって訊いてるの」


「いや思うもなにも本人がそう明言してるわけだから。それは仕掛けてきた側のおたくもよくわかってるでしょ」


「それは…………そうだけど…………」


 なんとも歯切れの悪い柊。


 俺はチラと横目で柊を見やる。西日に照らされた彼女の表情はどこか複雑そうだった。


「じゃ――じゃあさ、あれが仮にドッキリじゃなくて本気だったとしたら、花厳はどうしてた?」


「結果が出てんだから、仮の話なんかしたって意味ないだろ」


「そういうひねくれたのじゃなくて、もっとこう……純粋に! 純粋に答えなさいよ」


「純粋にって……」


 俺はグイグイくる柊と適正な距離を保つために人一人分横にずれ、思案する振りをする。


「……絶対断るな」


「どうして? 沙世みたいに可愛い子に告られたらとりあえず付き合ってみよってならない?」


「必ずしもそうとは限らないだろ。少なくとも俺は見た目だけで判断したりしない……というか、恋だの愛だのに興味がない。だから断る」


「……………………」


 キョトンとする柊。しかしその表情はニシシと意地悪いものに変わる。


「なになに~、ひょっとしてぇ、過去の恋愛で深い傷を負ってぇ、未だに立ち直れてないとかですかぁ?」


 ギクッと肩が上下してしまう。


「べ、別にそんなんじゃないですけども?」


「んん、んんん? これはこれは図星だったかな? 花厳く~ん」


「いやほんと違うから。勘ぐるのやめてね」


「とかなんとか言ってぇ、すご~く目が泳いじゃってるけどもぉ?」


 水を得た魚とでも言うのだろうか。あれだけご執心だったスマホを仕舞い、前屈みで俺の顔を覗いてくる柊はそれはもう生き生きとしている。


 よくもまあ人の失恋をそんな楽し気におちょくれるな。性格の悪さが溢れ出ちゃってるよほんと……どの口が言ってんだって感じだけど。


 まあでもとりあえず一安心かな。『それでぇ、どれほど壮絶な失恋だったか、私に話してみそ?』って今にも訊いてきそうな柊だが、それよりも先に家に着きそうだ。


 残念だったな柊、お前に蜜は舐めさせん。


「俺ん家ここだから、じゃあな」


「あ、ちょッ、話したくないからって噓つくのはよくない!」


「噓じゃねーよ! ほらここ、目で見てわかる証拠があんだろ」


 俺が〝花厳〟と表記されている表札を指し示すと、柊はう~んと顎に手を添え食い入るように見つめる。


 そんな顔を近づけなくてもでかでかと表記されてんだろ。なに、老眼?


 口にしたら確実に殴り飛ばされるだろう感想を抱いていると、やがて諦めたように柊はため息をついた。


「ちぇ…………まあいいわ。花厳の失恋話はまた後で聞かせてもらうとして――しつこくなるようだけど沙世からのLINE、無視するんじゃないわよ?」


「あーはいはいわかったよ」


 軽い調子で答えた俺を不満そうな顔して睨んでくる柊はしかし、それ以上は突っ込んでこず、「それじゃ」と別れの言葉を残して帰っていった。


 その背を俺は呆然と見つめる。


 数えるくらいしか絡んでないのになにをわかった気でいるんだと自分でも思うが――それでもやはり柊は〝過保護がすぎてる〟気がしてならなかった。


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どうも、深谷花です。

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