第2話 女子に睨まれたボッチ
埼玉県立阿佐ヶ谷高等学校。偏差値は高くもなければ低くもない、学校側からしたらあまり嬉しくない評価だろうが、まぁ良くも悪くも普通の高校だ。
俺は阿佐ヶ谷高校――略して阿佐高に二年生として通っている。
進級して早二ヶ月、新しいクラスに皆はもうとっくに慣れ、和気あいあい青春万歳とよろしくやっている。
そんな中、俺はといえば……一年の時と同様にボッチを貫いていた。
ショートホームルームまで残り数分、まばらだった教室に朝練終わりの連中がぞろぞろと入ってきて、
なんだかんだでこの時間が一番嫌いかもしれない。知りたくもない情報が勝手に耳に入ってきて疲れるから。
しかし今日は違う。普段だったらイヤホンを装着して雑音をシャットアウトするところを、俺はなにもつけずに飛び交う言葉に耳を傾けている。
ドッキリとはいえ、学年一の美女として位置づけられている
…………ん? 誰も俺の話をしていないな。
第三者からしたら『かわいそうな子』と憐れまれるかもしれないが、誰も俺に興味を持たないのは日常茶飯事なので、まあお構いなくってことで。強がってないよ? ホントだよ?
ただ今日に限ってはお構いなくで流せない。
花厳キモッ、の一言くらいあってもいいのにそれすらない。軽蔑の眼差しも向けられない。となると……まだ公にされてない?
あまりにショッキングな内容だったせいで仕掛けた側も扱いに困ってるとか? それとも立案者が『こんなんじゃ視聴率とれないよ~』っていっちょ前にプロデューサー気取って没にしたとか? う~んどちらも
めった刺しにされると思ってたばかりに、なんとも拍子抜けだ。
変化は本当にないのか、俺は辺りを見回す。
すると、廊下側最前列の席で集まっている女子のグループの一人と目が合ってしまった。
――柊だ。彼女の鋭い目つきが静かな怒りを存分に表している。
ヤバい――、俺は咄嗟に机に突っ伏す。
昨日に続いて今日も――クソったれッ! 一体どういう
結局俺は担任が教室に入ってくるまで
***
どっかのタイミングで爆弾投下、という展開もなく、定期的に送られてくる柊の視線を除けば至って平和だった。
「――それじゃまた明日。気をつけて帰れよ」
そしてあっという間に放課後を迎える。
担任が教室を出て行ってからすぐ俺も席を立つ。
部活に所属していなければ友人と呼べる存在もいない俺には、放課後に学校に残るという選択肢がない。
彼ら彼女らが青春というアルバムに思い出を記録している傍らで、今日も今日とて定時退社する俺。社会人になったら残業をノーと突っぱねられる大人になりたいです。
キャッキャウフフしている連中に目もくれず、お疲れさまでしたと心の中で挨拶し、俺は教室を後にする。
さてさて帰ったらなにしようかしらん? 献立を考える主婦みたく頭を悩ませていると、突然後ろから肩を掴まれる。
「待ちなさいよ」
声だけで誰かがわかった。わかったからこそ、振り払ってでも逃げたい衝動に駆られる。
「ちょっと、聞いてるの?」
が、後のことを考えればここで逃げるのは賢明じゃない。苛立ちを隠そうともしない声からして確実に。
そう判断した俺は恐る恐る振り返り、答え合わせをする。
――柊ッ⁉
残念ながら正解だった。柊はゴミを見るような目を俺に向けてくる。
「顔貸して」
「え、な、なんで?」
「わかるでしょ?」
「い、いやぁ……」
柊の片眉がピクッと上下する。
「なに、用事でもあるの?」
「そ、そうそう! 用事があるから今日はちょっと……」
「じゃあその用事後回しにして」
「いや、それは厳しいというかなんというか――」
「いいから後回しにして」
「あ……はい」
なにこの女嫌いッ!
有無を言わさぬ態度の柊に、俺はおとなしく従った。
***
「ここよ」
距離を空けてついていくこと数分、柊の足がある教室の前で止まる。
クラスがある本棟と連なるようにして建てられている特別教室棟。その二階の一番西側にある空き教室に俺は連れてこられた。
え、もしかして俺、ここでボコられんの? そんな心配が頭をよぎってしまうのは周囲に人気がないからに他ならない。
「きなさい」
こっちの気も知らずに引き戸を開ける柊。
「――あ、
――んなッ⁉
聞き覚えのある声を耳にし思わず俺は足を止めた。
片瀬……沙世……。
「待たせた?」
「ううん、あたしもさっき来たばっかだよ。それより、用ってなにかな?」
「あーっと、用があるのは私じゃなく後ろにいる奴なんだよね」
「ん? 後ろって、誰もいないよ?」
「――え?」
俺がついてきてると思っていたんだろう。慌てて廊下に出てきた柊。
「なに隠れてんのよあんたッ!」
「ごめん、マジで急ぎの用事だから、やっぱ帰るわ」
「――どんなに急ぎでも後回し、あんたにはするべきことがあんのよ!」
「え、ちょ、おい」
迫ってきた柊に腕を引っ張られ、無理矢理教室に入れられる。
「か――花厳君ッ⁉」
……最悪だ。
片瀬の前に突き出された俺は、ただただ自分を恨んだ。後のことなんか気にせず逃げておけば良かったものを、と。
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