たった一度の片思いでメンタルやられた捻くれボッチの俺が、学年一の美少女から送られてきたラブレターを丸めてポイした結果、望まぬラブコメが始まった

深谷花びら大回転

第1章

第1話 恋なんて碌なもんじゃない

 異性に対し好意なんて抱くもんじゃない。


 恋だの愛だのが素敵だと宣伝するのはドラマや漫画といったフィクションか、実際に恋が叶ったヤツくらいで、片思いのまま撃沈した人間から言わせればクソくらえだ。


 かくいう俺、花厳かざり織花おばなも中学時代に盛大な片思いでメンタルやられた側の人間だ。


 メッセージアプリの返信が遅いと不安になったり、『うん』、『そだね』なんて短い返事に悲しくなったり、遊びの約束をドタキャンされても自分が傷つかないよう都合よく解釈したり。


 そうまでされても好きな相手に嫌われたくないからと自分の価値を下げてでも繋ぎとめようとする。


 冷静に考えればまず成就しないとわかりそうなものなのに、恋は盲目というバッドステータスの影響で、もしかしたらを期待し、それがいらぬ勇気となって想いを告げさせてしまう。


 一人で勝手に舞い上がって、一人で勝手に落ち込んで……あんな思いをするぐらいなら、いっそ好きにならなければいい。


 それが俺の導き出した答えだ。


 もう一度言おう。異性に対し好意なんて抱くもんじゃない――恋なんて、ろくなもんじゃない。


 だからこんなわざとらしい〝ラブレター〟なんぞにいちいち感情を揺さぶられることもない。


 放課後、帰り道。俺は下駄箱に入っていた手紙を再び読み直していた。


 長々と書かれているが内容を簡潔にまとめると、この手紙の送り主はどうやら俺のことが好きらしい。


 一度も話したことない且つ学校ではほぼ空気な俺に『あなたのことが好きです』とつづられても『ほ~ん……で? ドッキリ大成功のプラカードはいつ出てくんの?』って感想しか出てこない。


 見え透いた罠。俺が勘違いして浮かれる姿を御馳走に、陰に隠れて大爆笑って寸法だろう。そんで機が熟したら陰からひょこっと現れネタばらし、そこでも皆で大爆笑……ハハ、なにが面白いんだそれ?


 とにかく、こんなもんを持っていてもしょうがないってことだけはわかる。とっておいても仕方ないし、捨てよ。


 俺は道路を挟んだ先にあるコンビニへと足を向ける。


 万が一、このラブレターが悪意のない本心からなるものだったとしたら、俺はとてつもなく最低な男になる。自分がされて嫌なことを人にするわけだから。


 ……馬鹿か俺は。


 コンビニの外に設置されているゴミ箱の前で、俺は自嘲じちょうのため息をもらした。


 期待に心を許せば却って自分が辛くなるのを身をもって知っているのに……どんだけ意志が弱いんだよ。


 もう一度、手に持つ手紙に目を落とす。


 これはある意味いい機会かもしれないな……甘っちょろい自分と決別するのに。

花厳かざり君へ』という書き出しから最後の送り主の名前まで目を通した俺は、手紙をクシャクシャに丸めて燃えるゴミと表記された箱の中に放った。


「――沙世さよッ!」


 どこからか聞こえてきた声に俺は過敏かびんに反応してしまう。


 その名が――たった今捨てた手紙にもしるされていたから。


 振り返り辺りを見回すと、少し離れた位置に声の主を見つけた。


 見覚えのある黒髪ロング……間違いない、同じクラスのひいらぎ柚希ゆずきだ。


 そして柊の送る視線の先には、学生鞄を胸に抱き、逃げるように走っている片瀬かたせ沙世さよの姿が。


 手紙の送り主が近くにいたってことはやっぱドッキリだったか…………でも何故に逃げてる?


「――花厳ッ!」


 怒鳴り声で名前を呼ばれ思わずビクンと体が上下してしまう。見れば柊が親の仇と対峙しているかのような形相で俺を睨みつけていた。


 え、ちょっとやだ、ほんとに怖いんだけど。女子に敵意剝き出しでこられた男はどうリアクションするのが正解なの? あ、もう無理、怖すぎて表情が強張ってる。多分今の俺、傍から見たら相当キモい顔になってるよ絶対。


 突然の女子とのエンカウントにスマートに対応できない。悲しき陰キャのさが


「……………………」


 地獄の時間が続くと思った。けど、そうはならなかった。


 今にも殴りかかってきそうな雰囲気をまとっていた柊だったが、結局なにもしてこず、片瀬の背を追いかけていった。


「…………なんだったんだよ」


 ポツンと残された俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を忠実に再現できてることだろう。


 ……おいおい、プラカード役いつ出てくんだよ……仕事しろよ。


 そう心中で零すもテッテレーという効果音は一向に聞こえてこない。


 これじゃまるで本当に…………いや、勘違いするな。俺の予想外の行動にドッキリ仕掛けてきた奴らが全員ドン引きして撤退しただけ、そうに決まっている。


 明日には噂に尾ひれがついて広まってるんだろうな。あーやだやだ、苛烈なバッシングが目に浮かぶわ。


 自分を虐げることで心の安寧を保つ。後ろ髪を引かれる思いなんてもんはない。仮にあったとしても、断髪だんぱつすればそれでいい。


 信じるは楽、疑うは苦、であるならば俺は迷いなく後者を取る。よく聞くだろ? 若い時の苦労は買ってでもせよ、と。俺はそれを実行してるにすぎない。


 改めて誓おう――俺はもう恋なんてしない。

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