ブラック世界修復のススメ

@LAIMU3

第1話

キィィィン―――


世界を超える音が耳をつんざく。

「何度聞いても慣れねえなこの音」


耳を押さえた黒髪の少年ケイトが誰に言うでもなくつぶやいた。


「エリナ、いるか?」

「あいあい、いるよー」


ケイトの呼びかけに腰まで伸ばした栗色の髪をした少女エリナが、耳を両手で押さえながらは気合のない返事で返した。


世界の調整、あるいは修復と呼ばれる作業、それが彼らの仕事であった。

そのために彼らは幾度となく別世界へのダイブを繰り返す。


「今度はどういう世界なんだ?」

「えーっと待ってね、おお!」


エリナが世界を修復するための「修復依頼書」の資料の束の一部である、「世界概要」を見ながら驚きの声を上げた。


余談だが、世界を管理する神々(のようなものと二人は認識している)からすれば、

この修復依頼書というのは自分の管理不届きを認めるようなものであり、会社で言うところの始末書に当たる書類だ。

もはや敗戦処理に等しいこれらの資料を真面目に作るものも皆無であれば、完全に手遅れになってから作成される場合も多い。

そのため毎度のこと彼らの世界修復作業は困難を極める。

そしてその第一歩として、まずは世界を回って状態を理解する、というのが彼らの最初の仕事だ。


「どうした? そんな大声あげて」

「これエタニティラバーの世界だよ!」

「エタ……なんだそれ?」

「エタニティラバー! 散々話したじゃない!」


エタなんとかは全く聞き覚えがないが、おそらくゲームの世界なのだろう、とケイトは当たりをつける。

というのもエリナはいわゆるヲタク女子で、彼らが単なる中学生だった頃は、友達も作らずゲームばかりしていた。

そして毎朝、前日やったゲームの話を存在しない友達の代りに登校中に聞かされるのだ。

これにはさすがのケイトも辟易していたので、大体の話は聞き流していた。

そのため、いちいちゲームの内容なんて覚えていないのも仕方ない。

そして、そのほとんどが乙女ゲームともなればなおさらである。


「要は曲がりなりにも知っている世界ってことでいいんだな?」

「もちろん、全ルート攻略はもちろん外伝やアフターストーリーの小説まで読み込んだもの。でもこう見るとひどいわねこの世界概要。ああ、セリムはそんなツンデレなんて一言で表せられるような王子じゃないし、ジェイドだって……」

「あーわかったわかった」


早口でしゃべるエリナをケイトは制止する。

上で挙げたような事情があるので世界概要と実際の世界が差があることはままよくある。

むしろないことのほうが少ない。

ちょっとしか汚れていないという友達の部屋を訪ねたらゴミ屋敷だった、みたいな感覚だろうか。

その差を見極め修復内容を決めるのも仕事のうちなのだが、エリナが知っているのであれば少し事情が違う。


「ま、今回は楽できそうだな」


そう、目の前に広がる大平原を前にケイトはつぶやいた。


「んで、どういう世界なんだ?」


未だに世界概要に対してツッコミを入れているエリナにケイトは尋ねた。


「簡単に言うといわゆる中世ヨーロッパ風の世界よ。電気や車はなくて、貴族とかがいて、お城とかあって」

「あーゲームやアニメ世界にありがちなアレね」


彼らが渡る世界は大勢の人間の無意識が繋がり新たな世界として構築されることが多い。

その無意識の共通認識、ルールとして機能するものが「元ネタ」といわれるゲームやアニメ、漫画などのサブカルチャーだ。

小説など神話などから形成されるケースもあるのだが、視覚的に訴えかける媒体、つまりは自身の想像の余地が少ない元ネタのほうがより強く結びつきやすいのだ。


「産業革命前の封建社会の世界ってことか」

「ああ、でも魔法はあるよ」

「魔法か、便利なんだが修復も面倒なんだよな」


魔法、言わずとしれた超常現象だ。

魔法でなんだか不思議なことを巻き起こす、それは即ち何でもできるということに他ならない。

空を飛ぶこともできれば、一人の人間が山を吹き飛ばすこともできる。

自然な世界、つまりこの世界の修復後の姿をイメージしにくい、ということでもある。


例えば二足歩行するトカゲが人類の星があるとしよう。

その星に人類が宇宙からその星を侵略してそのままトカゲ人間と成り代わったとして、それはその星の本来の姿と言えるだろうか。

だが、我々人間の感性からすれば侵略者じんるいが闊歩する世界のほうがよほどまともに見えるだろう。

つまり誰の視点で正常に見えるか、ということだ。


それはこの世界を作った大勢の無意識の平均的思考、あるいは共通認知と呼べるものに対してだ。

今回は、目指すべき世界の姿を知り、世界を作った集合体に近い思考を持つエリナがいるのだ。

普段より大分ましだろう、そうケイトは考えている。

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