雨宿り
平中なごん
一 雨宿り
これは、僕がまだ小学生だった頃のお話です……。
小学五年生の春、両親が離婚し、母親の方についていくことになった僕は、母の実家のある一地方の田舎の村へ引っ越しました。
そこはまあ、言ってみればけっこうなレベルの田舎で、過疎化が進んでいて人口も少なく、村人の多くは農業に従事しており、まるで日本昔話に出てくるような、そんな長閑な田園風景の広がる
都会育ちの僕には何から何までが別世界で、学校の同級生達とも遊び方がぜんぜん違うし、なかなかそこでの生活には馴染めずにいました。
そうして村の暮らしとも、村に住む人達とも打ち解けられぬまま春が過ぎ、初夏が来て、梅雨も明けて夏も盛りとなった辺りのことです。
夏休みも間近に迫ったその日、僕はいつものように田畑しか見えない夕方の田舎道を、学校から家へと一人で帰っていました。
と言っても、一人はいつものことです。
別に意地悪されたわけでもなく、皆、基本的には素朴でいい子達ばかりでしたが、僕自身が打ち解けられないのでなかなか親しい友達もできず、僕はいつも一人でした。
いつもと変わらない田舎道の、いつもと変わらない帰り道……。
でも、だだっ広い田地にこんもりと盛り上がった、まるで大海に浮かぶ島のような鬱蒼とした林の中を、突っ切るようにして貫く道にさしかかったその時でした。
「うわっ! 降ってきた!」
ゴロゴロ…と突然の雷鳴が鳴り響いたかと思うと、大粒の雨がポトリ、ポトリ…と降り始めたのです。
一つ、また一つ…と、みるみる雨粒はその数を倍々に増してゆき、時を置かずしてすぐに土砂降りの夕立になります。
林の中とはいえ、頭上を覆う木々の枝葉でもとても受け止めきれるような降りではありません。
そのくせ、その茂った枝葉でただでさえ薄暗い林の中は、よりいっそう暗さを増してなんだか不気味な感じです。
「うわあぁっ…!」
夏にはこうした突然の夕立があるものなので、本来なら折りたたみ傘の一本でも常に携帯しておくべきところなのでしょうが、まだ子供だった僕にはそんな備えをしておく知識もありません。
傘のない僕はその豪雨の中を、どこか雨宿りできる場所はないかと慌てて走り出しました。
「ど、どこか……あ! あった!」
そうして、顔にかかる雨水を忙しなく手で拭いながら、しばらく薄暗い林道を右往左往していると、ちょうど良さそうな場所が僕の目に止まります。
それは、純和風造りの大きなお屋敷でした。
まあ、田舎の家は都会から見れば、どれも大豪邸並みに大きいのが普通なのですが、それでも普通の農家よりも少し立派な感じがします。
「……ふぅ~…ここでしばらく雨宿りさせてもらおう」
ともかくも、急いでそのお屋敷の立派な屋根瓦葺の乗った門の下へと飛び込んだ僕は、服やランドセルについた雨を振り払いながら、とりあえずは安堵の溜息をつきます。
「………………」
そして、瓦屋根からポトン……ポトン……と垂れる水滴をなんとなく眺めながら、夕立が収まるのをぼうっと立って待っていたのですが、そんな中でふと、ある疑問が頭をよぎりました。
「……あれ? そういえば、こんな家ここにあったっけ?」
そうなんです。この林を抜ける道はいつも通学路として使っているはずなのに、このようなお屋敷を見かけたことは今までに一度もなかったんです。
もしかしたら、雨宿りする場所を求めて走っている内に、脇道とか普段使わない道に入ってしまった可能性もなくはないのですが、それでもこの林の中に家があるなんていう話は祖父母からも聞いたことありません。
僕は振り向くと、改めてそのお屋敷の様子をまじまじと眺めました。
門といっても扉は閉まっていないので、奥の敷地内はよく見渡せます。
大きな
なんとなく古めかしくはありますが、かといって朽ちているような様子でもなく、敷地に雑草も生えていないし、誰もいない空き家という感じではありません。
「誰か住んでるんだよな……」
僕は、なぜだか無性にお屋敷の中へ入ってみたい気分になりました。
好奇心……というものだったのでしょうか? いつもはどちらかといえば内向的で、そんな大胆なことを絶対にするような子供ではなかったのですが、気づけば僕は門から飛び出し、まだ降りしきる夕立の中を母屋の玄関へと小走りに駆け寄っていました。
門から母屋までは小さな庭があるだけなのですぐに着きます。
玄関の引戸もなぜだか全開に開けられており、土間から続く上がり
「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいませんかー!?」
やはり僕にしては大胆な行動にも、その玄関の前に立った僕は大声で母屋の奥に呼びかけてみます。
「………………」
ですが、屋内はしん…と静まり返ったままで、僕の呼びかけには物音一つ返って来ません。
「留守なのかな? ……でも、そんなことないような……」
しかし、母屋の中を満たす空気からは何者かがいるような気配が伝わってきていて、なんと言うか……うまく表現できないのだけれども、留守宅のようにも思えないんです。
「ごめんくださーい! ……しつれいしますよ~……」
これまた今考えても、なぜそんなことをしたのか自分でもわからないのですが、無遠慮にも僕は靴を脱ぐと、その玄関を勝手に上がっていきました。
玄関を上がって衝立の裏へ回り込むと、やはり時代劇にでも出てきそうな、左右にずらりと襖の並ぶ薄暗い廊下が、真っ直ぐ奥の方へと続いています。
「………………」
許可なく僕がお邪魔しても、相変わらずお屋敷の中は静まり返っています……。
いや、外で降りしきる夕立のザァザァ…いう音に包み込まれ、屋内の静寂がなおいっそう強調されているように感じられます。
そんな、静かで湿っぽく、ひんやりとした空気に満たされた長い廊下を、僕は何かに誘われるようにして、さらに奥へと入って行きました。
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