スマートフォンの手記機能
春嵐
第1話
彼とは、気が合った。とにかく、好みが同じ。同じ食べ物が好き。同じ動画が好き。同じアプリをインストールしてる。同じフリック感度。同じブラウザ。
合わせようとして合ったんじゃなくて、ぜんぶ、普通に過ごしていて同じになった。だから彼のことも好き。自己肯定感が高いわけでもないけど、彼が同じものを好きだと言うだけで、どこか、心の奥のところが、へにゃっとするような、そんなほわほわした感じになる。
「いや、心臓がぞわぞわすることはないけど」
あら。ここは同意されなかった。残念。
何もかもが同じだけど、違うものもある。たとえば、着るものが違う。
いちど、わたしの勝負下着を彼に着せようとしたことがある。わたしの勝負下着は、みちみちという音を十数秒たてたあと、ばきゃぁっていう音で弾けた。アンダーウェアが爆散する姿を、生まれてはじめて見たと思う。彼はその日のうちに代わりの下着を買ってきてくれた。ちなみにわたしは彼の下着を着れる。端のところを軽く縛れば、いける。
そうやって、過ごしてきたから。
彼がいなくなったあと、わたしは脱け殻のようになった。
私には、何も、なくなった。いなくなってから、彼が、わたしの全てだったのだと、思い知らされる。
何も、残らない。何をしても、彼のことが思い出される。この家具。彼が好きだった。冷蔵庫の中のもの。彼の好物。服を脱いでも、下着で彼のことを思い出してしまう。爆発する下着。
彼がいなくなった理由は、わからない。
朝起きたら、わたしだけだった。
彼を指し示すものは、ひとつだけ。スマートフォン。それ以外、彼のものは、全てなくなっていた。服も。食器も。箸でさえも。存在しない。
夢だったのだろうかと、思う。私が好きだった彼は、存在しなくて。全部わたしの夢で。そして、朝になって目覚めた。わたしひとりだけの現実。
目の前には、彼のスマートフォン。これがなければ、本当に夢だと。でも。わたしにとって彼は。
何を考えても、むだだった。彼が帰ってくるわけでもない。
好みは同じなのに、わたしは、彼のことを何も知らなかった。いなくなっても、どこに連絡すればいいのか、彼の行きつけの場所さえも、わからない。
彼のスマートフォン。
なぜ、これだけが残ったのか。他のものは何一つ残ってないのに。
パスワード。
わたしと同じ。
ホーム画面のアプリの並び順。わたしと同じ、じゃ、なかった。
「なにこれ」
手記機能。こんなのダウンロードしてない。
彼だけのアプリ。
なぜだか、彼の手がかりを見つけたみたいで、嬉しくなった。
でも。
彼のプライバシー。
逡巡の末に、結局見てみることにした。
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