第29話 もしかして??



「ジュ・テーム咲夜、僕と熱い夜を過ごさないかい?」


「私眠いからパス、また明日まともな格好で雰囲気作ってから普通に誘ってね」


「あれっ!? マジレスの上に、ツッコミすらないっ!?」


 思いもよらぬ咲夜の反応に、大五郎は盛大に首を傾げた。

 風呂上がりの彼女は暖かそうなパンダ柄のパジャマを着て、大五郎の横を通り過ぎベッドへダイブ。

 そのまま五分と経たず、寝てしまいそうな雰囲気だ。


「いやちょっと待って、僕としては恥ずかしがってビンタとか、ノリノリでそういう雰囲気になると思ったんだけど??」


「いえだって、目的が見え見えだし。どーせ色仕掛けでヒントでも引きだそうとしてるんでしょ? それに、気にくわないわ。――そのやり方、手慣れてる。藍さんにも同じ事やってたでしょ、私でなければ股間を蹴り上げられてた所よ」


「成程、それは猛省するよ。でも聞いていい? ちょっとは誘いに乗るとか考えなかった? ふざけ半分打算半分ではあったけど、そうするなら真面目に愛するつもりだったんだけど……」


「――――はぁ、大五郎くんって何も理解していないのね」


 体を起こし枕を抱き抱える咲夜は、ジトっとした目つきで彼を睨む。

 どう見ても、呆れられているとしか受け取れなくて。

 それがまた、大五郎を困惑させる。


「説明をくれるかい?」


「あのね、私と貴方の関係について。少々誤解していると思わない?」


「つまり? 僕たち本当に恋人になったんだよね」


「ええ、大五郎くんは私に告白した、そして受け入れた。――けれど、いつ貴方を愛していると言ったかしら?」


「…………――――ああっ!? 本当だ愛してるって言って貰った覚えないよっ!? え、じゃあなんで受け入れた訳っ!?」


 がーん、とショックを受ける大五郎に咲夜は冷静に答えた。


「将来の夫として愛しかけているけど、異性としての好感度は……むしろちょっとマイナス?」


「昨日の熱い夜は?」


「憎からず思っていて、処女をあげた相手が一心不乱に求めてきたし、将来の妻としては嬉しかったし、そうね、貴方の奥さんになる身としては愛してるもの」


「つまり……僕にときめいていない?」


「そう言う事、ちなみに大ヒントよ」


「マジでっ!? …………えぇ、全然分かんないというかちょっとショックで頭が回らないんだけど!?」


 ぐぬぬと悩み始めた彼を、慈愛の眼で見守る咲夜。


「ね、運命の赤い糸で感じ取れない? 私が貴方に何を求めているのか。――私はね、貴方に恋してもいいって思ってるの」


 これもヒントだ、彼が忘れている事への。

 気づくだろうか、気づかなくとも構わない。


(ふふっ、時間はたっぷりあるもの。焦って関係を進める事はないわ)


 きっと咲夜は大五郎に恋をする、その確信があった。

 でも、乙女として期待したいのだ。

 一方で大五郎は、必死になって彼女の感情を読みとって。


「ええっと、僕への気持ちは期待七割で、残りは悪戯心というかなんというか……?」


「ああ、確かにそんな感じね。大五郎くんが困る姿は楽しいもの、それとも弄ぶのが、かしら?」


 くすくすと軽やかに笑う咲夜を前に、彼の思考は深く潜っていく。


(僕は――――試されている、期待されている)


 彼女は、何と言っていただろうか。

 夫としては愛している。

 異性としての好感度はマイナスだ。


(いや何でマイナス…………それもそうか、夫として見てくれて愛してくれているだけ温情じゃないのコレ??)


 瞬間、大五郎の顔が青くなる。

 だってそうだろう、自分は彼女に何をした。

 優しさにつけ込み、自分勝手に求めた。

 同情心を利用し、殺してくれと頼んだ。


(………………これちゃんと挽回しないとダメなヤツっ!! そりゃあ好感度がマイナスにもなるよねぇっ!! え、じゃあ忘れてる事ってなんだ?? 僕は何を考えて何をすれば良いんだっ??)


 彼が今出来る事といえば、異性としての好感度を上げる為に。


(デート、……プレゼント、…………指輪、――――指輪?)


 ふと、何かを閃いた気がした。

 指輪、そう指輪。


「…………僕は結婚指輪や婚約指輪、それだけじゃない結納品とか用意していないじゃないかっ!?」


(ちょっとちょっと大五郎くん? おーい変な方向向かってない? いやあながち間違ってはいないと思うけど、それ早いから、ちょっと早いと思うのよ大五郎くん? …………でも今口出すとヒントになるのよねぇ)


 ヒントはもう十分に与えたと思う、何より彼には出来るだけ自力で答えにたどり着いて欲しい。


「――――そうかっ!! 僕は結婚の為の準備を忘れていたんだっ!! 作らないと、指輪にドレス、そして結婚初夜で着て貰う……えっちな下着も!! ベッド周りのアレやコレやとか!! 手作りで作らないと!!」


(何か変な方向にすっ飛んで行ってるッ!? え、どこまで明後日の方向へ暴走するの大五郎くん!?)


「そうと決まれば、まずは指輪のサイズ……いやデザインから、その前に素材、それから加工道具と細工用のとかどこに片づけたっけ、今日の所は見本品まで――――」


(え、本当に出来るの? 今から始めるの?? わー、おバカだわこのヒト。うん、大五郎くんって思ったより暴走特急なおバカなのねッ!?)


 ちょっと楽しくなってきた咲夜だが、止めなければどうなるかは明白だ。

 彼女は膝の上から枕を退かし、両手を広げ。


「ちょっとおいでなさいな大五郎くんや、ぎゅってしてあげる」


「――っ!? いきなり何っ!?」


「いいから、さ、こっち来なさいよ」


「ぐっ、でも僕にはやる事が――で、でも抗えない誘惑!!」


 ふらふらと近づき、大五郎はベッドに腰掛け彼女の前で背を向ける格好に。


「あら、前を向いてくれないの?」


「とても心惹かれるけど、謎の抵抗感がある」


「抱きしめられに来たのに?」


「うん、抱きしめられに来ちゃったのにさ。というか何でまたいきなり?」


 彼女はそれに答える前に、彼を後ろからぎゅっと抱きしめる。

 左肩に顎を乗せて、リラックスモード。


「よしよし、よしよし、大五郎くんはちょっと複雑に考えすぎっていうか、もう少し感情で考えていいと思うの」


「そうかい? でも僕の取り柄って頭の良さだけだし考えないと……」


「まず、その認識がダメなのよ」


 薄々感じていたが、神明大五郎という人物は妙に自己評価が低い。


(きっと、頭が良さ過ぎる弊害。性格は普通……とは言い難いけれど、良いところは沢山あるのに)


 余りに無自覚、というと誇張表現だが。


(多分、藍さんがフォローしていたのね)


 或いは、彼女を喪ったからこそ己を見失っているのか。

 どちらにせよ。


「どうしたの? なんか変な雰囲気だけど……」


「聡いわね貴方、赤い糸って直接対面してないとダメなんじゃないの?」


「いや普通になんとなく、だって他ならぬ君の事だからね」


「――まったく、そういう所よ大五郎くん」


「え、どういう事??」


 ほら、また彼の良いところが頭を出した。

 前の恋人に対しジェラってしまった咲夜の変化を、敏感に感じ取って思いやる。


(ええ、今このヒトは……世界で唯一、私だけのヒト)


 ここは『彼が忘れている事』を思い出してもらう為にも、甘やかすしかない。

 咲夜の頬が少し緩んで、それを自覚しながら彼の髪にそっとキスをした。


「ん……」


「咲夜? いきなりキスなんてどうしたの? さっきから少し……」


「変だって言いたいのかしら? ええ、もしかしたら雰囲気に酔ってるのかもね。だから今日は眠くなるまで貴方を甘やかそうかなって」


「つまり?」


「力を抜いて大五郎くん、私に身を預けて、声に耳を傾けて。――自分の気持ちをちゃんと覚えておいて」


「…………ん、分かったよ」


 素直に従う彼に、咲夜は髪にキスをもう一度。


「ね、貴方が思う以上に貴方は素敵なヒトなの。だってさっきも私の心の変化に敏感に気がついた、それって中々出来ない事よ?」


「嬉しいな、うん、心からそう思うよ」


 幸せそうな彼の耳にも、唇を落とす。


「よしよし、大五郎くんは今まで頑張って生きてきたの。それは誇るべきことよ、――頑張ったわね、貴方は心が強いヒトよ」


「……そう、なのかな?」


「ええ、だって貴方は生きている、生きて私の腕の中にいる、それが証拠」


 頬にキスをする、かるく触れるだけのキス。


「頭が良いだけなんて違うわ、貴方は頭も良いの。――自分を卑下しないで、ええ、美しい私の素敵な夫として貴方は胸を張って威張ってもいいのよ」


「…………段々と恥ずかしくなってきたんだけど、そろそろ止めない?」


「そう? 私は楽しいけど」


 咲夜はそう言うと、大五郎の首筋へ唇を当てる。

 彼女はとても楽しそうだけれど、彼としてはキスされた箇所が妙に熱を持っている気がして。


(う、うう……、なんか妙にドキドキするよ。こんなにも安心してるのにさ)


 キスをする度に彼女は大五郎を誉める、良くできましたと笑いかけ頭を撫でる。

 きゅん、きゅん、と彼の胸が甘く高鳴った。

 キスがしたい、己もキスがしたい。

 そう思って、振り向こうとすると唇に指を当てられて。


「だぁーめ、よ。今日は私からの健全なキスだけ、大五郎くんはイチャイチャされるの、一方的にね」


「いや僕、すっごくドキドキしてるんだけど?? かなり嬉しいけどキスをしたいよ咲夜……」


「大五郎くんからするには、アレを思い出してからね。――そのドキドキ、覚えていなきゃダメよ?。…………さ、そろそろ寝ましょうか」


「わっ!?」


 あくまで今宵の大五郎には行動が許されないらしい、彼女に抱かれたままベッドに横になり。


「はい、布団かぶせて」


「仕方ない、僕も寝るか……」


「じゃあ布団を被って電気消した所で、腕を出しなさい大五郎くん」


「あ、腕枕は僕なんだね」


「ええ、朝起きたら貴方の顔を一番に見たいもの」


 え、と聞き返す前に咲夜はスッキリした顔で目を閉じる。

 流石にすぐ寝付きやしないだろう、でもそう遠くない。

 だが大五郎は胸の高まりが収まらなくて、むしろ目が冴えて。


(いや卑怯でしょ咲夜っ!? 僕は君にトキメキ過ぎて死ぬかと思ったよ!?)


 眠ろうとする彼女をじっと見つめてしまう、一秒毎いに甘い痛みが胸にはしる気がする。


(ドキドキを覚えてって、そんなの忘れられな――――………………うん?)


 その瞬間、ふと閃いた、思い至った、これで間違いない筈だ。

 彼女が忘れていると言ったこと、そしてこうも言っていた筈だ。


(僕に恋をしてもいい、――つまりはそこだね?)


 ああ、と大きな感嘆が漏れでそうになる。

 こんなに幸せであって良いのだろうか、彼女は大五郎を救ったにも関わらず。

 やり直す機会も、与えようというのだ。


(天使、女神……こんな素晴らしい女の子がお嫁さんで恋人で――――)


 どっくんどっくんどっくん、ばくんばくんばくんばくん。

 心臓が早鐘をうつ、照れる、ただ彼女を見ているだけなのに頬が赤くなるのが自分でも分かる。


(は、恥ずかしいぃ…………っ!?) 


 寝ている彼女を直視できない、でもこの温もりから離れたくない。

 大五郎が混沌に陥り、そして朝である。


(………………大五郎君はどうしてこうなってる訳??)


 登校開始、己達の姿に咲夜は大きな疑問を抱いた。





※作者注

@残り二話です。

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