第26話 大荷物の正体は?



「ねぇ、段ボール三箱って何が入ってるの? 君は大きなバッグ二つも持ってるし」


 神社に行けば、裏手の彼女の自宅の玄関には荷物が。

 軽いと言えば軽いが、重いといえば重い、そんな絶妙な重さの段ボールを三つ大五郎は抱え。

 彼女は行き先を語らなかったが、彼女も荷物を持っているのだ、そう遠くではないだろう。


「サプライズよ、ま、すぐに分かるでしょうけど。というか『運命の赤い糸』とやらで心が読めないの?」


「あれは視線の動きなどの顔の仕草、細かな動作とかその人の性格とか好みとかさ、そういうのからプロファイリングした結果を感覚的に受け取ってるだけだから」


「つまり?」


「勘、もちろん前提条件はあるけどね」


 もしそれが本当だとすれば、そこまで考え咲夜は本当だろうと結論づけた。


(そういえば、絵里が言っていたわね……)


 大五郎の成績は、常に平均点+1点。

 それを、ずっと続けているというのだ。

 つまり最低でも、クラスメイトの学力を把握し、テストの配点を予想しなければならなくて。

 咲夜としては、ため息しか出てこない。


「それはまた無駄に高度な勘ねぇ……、となれば大五郎くんを目隠しすればそれすらも読みとれなくなる?」


「それを言うとおもうかい?」


「ええ、将来の夫になるかもしれないでしょ? 知っておいて損はないわ」


「…………うごごご、マジでやめて、その言い方は止めてくれぇ……!? なんか自分がダメ人間になった気がしてくるからさぁ」


「いえダメ人間でしょ貴方、いくら頭が良くて妙な特技を身につけて、恋人への愛も深い。でも現状、私をヤり捨てしようとした挙げ句、殺してくれと殺害を頼んできた男として恥知らずでしょ?」


「あ、今のポイント高いね。ちゃんと僕の悪いところを言ってくれるし。――あっちゃんが恋人だって、まだ僕の中で恋人だって認めてくれてる」


「…………呆れた」


「いやぁ照れるねぇ………………あ」


 その瞬間だった、前触れもなく大五郎はある事を思い至った。

 もしかすると、もしかするかもしれない。

 この提案が通るならば、或いは、生憎とその手の知識は専門外だが何とかなるかもしれない。

 だが。


(大切な事だけど、これってすっごいデリカシーを要求される事だよねっ!? 言うの? いや言わなきゃいけないんだけど! 僕が言うのはマジで恥知らずな気がするんだけどさぁ!!)


 しかし、言わなければいけない。

 ごくりと唾を飲んで、恐る恐る大五郎は口を開く。


「あのー、その、さ。話は変わるんだけど……」


「何、そんなに勿体ぶって」


「いやね、これから言うことを怒らないで聞いてくれるかなぁ……って」


 おずおずと本題に入らない大五郎に、咲夜は不審そうな視線をひとつ。

 だが彼の瞳に希望の輝きがあるのを感じ取ると、ニヤリと笑って。


「――へぇ、いいわ怒らないから言って?」


「…………その、さ、アフターピル、飲まない? 代金は僕が持つから」


「ふん、やっぱりそれね。男として言うのが遅くなって情けなくないの? ――ああ、それとも美しすぎる私を孕ませようと葛藤してた?」


「ちょっとあたりキツくないっ!? いやマジで僕が全面的に悪いんだけどさ!!」


「バカね、勘違いしないで頂戴。――この件については責任は半分こ。あたりがキツいのは……、大五郎くんって責任を感じさせ続けなきゃ逃げるでしょう?」


「うーん、反論できないぞぉ?」


 思わぬ反応であったが、後半については特に反論できない。

 実際に逃げようとしていた身だ、自分でもどうかしていたと思うが。


(僕って、そういう事に弱かったんだね……トホホ)


 思えば、藍が生きていた頃はきっと彼女がフォローしていたのだろう。

 そして他の幼馴染み達も。


(僕って、ホントさ頭だけが取り柄の人間だ)


 そんな己の側にいる人達に、感謝の念しかない。

 彼がじーんと心を熱くさせていた、その時だった。


「そうそう、アフターピルは飲まないわよ」


「え、何だって?」


「いやだから、アフターピルは飲まないから」


「いやちょっと待ってなんでっ!? 飲んでよっ!?」


「何をバカな事を、あの時、あの屋上で、大五郎くんを抱きしめた時。――――人生を賭けて貴方を救うって覚悟を決めたもの」


「――――……………………は?」


 予想外すぎる言葉に、大五郎は思わず段ボールを落としそうになった。

 覚悟がガンギマリ過ぎる、美貌だけが取り柄の彼女はともすれば危ういぐらい良い女だった様だ・

 言いくるめる言葉が見つからない中、咲夜はさらに続け。


「私ね、ずっとずっと美を追求して生きていくのだと思ってた。――大五郎くんに出会うまでは、ううん、貴方の寂しい笑顔に気づくまでは」


「……」


「実はね、ちょっとだけ人間不信だったの。だって男も女も私が笑うだけで何でもしてくれるんだもん。それで猿山の大将になっても虚しいだけだし、このまま一生チヤホヤされて不労所得だけで生きて――最後まで美しいだけで、死ぬのかって思ってた」


 でも、と咲夜はまるで恋する乙女のように頬を染めた。

 大五郎にはそれが怪物の様に見え、否、否なのだ。

 怪物を生み出してしまったのだ、彼自身が、彼だけを救うという美の怪物を。


「――――ありがとう、感謝するわ大五郎くん私に生きる意味をくれて」


 それは。


「恋ではないの」


 そして。


「同情でもないの、憐憫でもないの」


 ただ。


「大五郎くん、――貴方の、心からの笑顔が見たい。ただそれだけなの」


「………………君は、狂ってる」


 大五郎は必死の思いで、言葉を絞り出した。

 すると彼女は、誰もが安堵するアルカイックスマイルを浮かべて。


「ふふっ、『僕が狂わせたんだ』って口に出すほど自惚れてなくて良かった。ええ、きっと私はもとからそうだったのね、自分でも気づかなかっただけで」


 大五郎だけの救世主、その悍ましさに吐き気がする。

 だが、もっと悪いのは。


「――――ああ、嬉しいと思っちゃった自分に自己嫌悪だよ」


「お似合いね私たち、だって私は貴方がそうして自己嫌悪しているのが嬉しいもの。……その嫌悪を取り払う事が出来るってね」


「だから恋人になろうって言い出したのか」


「丁度良いじゃない、私は大五郎くんを男として愛していない、貴方は私を女として愛していない」


「けど、僕は君に惹かれてる。君は?」


「私の口から言わせたいの? 意気地なしね最低の男」


「その心遣いが嬉しいよ、僕を心地よく正気でいさせてくれる」


 はぁ、どうしてこうなったんだと大五郎は俯く。

 すると、いつからか段ボールの蓋は開いていて。

 必然、中が見えて。


(――――――………………うーん?)


 ひやりと汗が流れる、不味い、これはとても不味い流れだ。


(ピンク色の下着……道理で軽い――じゃなくてさ、まさか、まさか? いやまさかでしょ、まさかだよね?)


 気づけば先導する彼女のその先に、見覚えがあり見慣れた家が。

 そう、大五郎の家が見える。


「ああ、やっと気づいたのね?」


「理由を聞いてもいいかい愛しのハニー?」


「あらダーリン、箱の中を見てしまったんでしょヘンタイ。――――女の子が衣服や化粧品を持って彼氏の家へ、ええ、答えなんて一つでしょう」


「いやぁ、分からないなぁ。ねぇ咲夜? 一時的にしては多くない?」


「水くさいわね大五郎くん、それはずっとよ? 少なくとも――愛の結晶が出来たか分かるまで」


「少なくとも、ほう、少なくともと来たか……」


 汗が滝のように流れる、今日はちょっと家に帰りたくないというか今すぐ逃げ出したい。

 己はなんという事をしでかしたのだろう、たった一夜の過ち、寂しすぎて、人肌恋しすぎて、ただ安心と温もりが欲しい衝動に勝てなかっただけなのに。


(マジで外堀埋まってるううううううううっ!? い、いやまだだ!! これはきっと無許可!! 無許可に決まってる!! そう、ここは僕が社会的に死ぬことを前提に双方の親に訴える!! それしかない!!)


 欠片も信じていない可能性に、信じてもいない神に祈ったその瞬間であった。

 無情なるかな、二人は家に着いてしまい。


「そうそう、さっき言ったわよね。――私ってほら美し過ぎるから。……何でも言うことを聞いてくれるって、信じてくれるって。ね、人は第一印象って言うでしょう? そういうの得意なのよ」


「つまり?」


「昨日のうちに私の両親は説得済み、そして義父さんと義母さんは今朝、大五郎くんが起きる前に説得しておいたの。今日はお赤飯とお刺身らしいわよ?」


「――――つ」


「つ?」


「詰んでるじゃんかああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 大五郎は段ボールを全て落として頭を抱えて叫んだ、それ以外、出来なかったからだ。


「さあ貴方の部屋に、いいえ、私達の愛の巣に行きましょうかッ!! はッ!! もう逃げ場は無いわ大五郎くん!! 四六時中ずっと一緒で私の美貌と抱擁力にメロメロになりなさいッ!!」


「嘘でしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 こうして、大五郎はハードモードに突入した。

 呆ける彼を余所に、咲夜は着々と荷物を片づけオマケに部屋を簡易ではあるが模様替え。

 夕刻、帰ってきたご両親はほくほく顔。

 どうやら、咲夜の親と意気投合してきたらしく。


「本当に、僕の人生ってどうなっちゃうんだ……?」


 咲夜が入浴している間だ、先に済ませていた大五郎はベッドに腰掛けて考える。


(もしかして今日が初夜? ――いやいやいやっ、そういう事じゃなくてっ!!)


 流されている、猛烈に、為す術もなく。

 それで遭難してしまうなら、まだマシだ。

 この流れは常に、救世の女神が誘導していて。


(いい加減、冷静になれ僕!! このままだと超絶美少女の若奥様と可愛い我が子が出来て父さんと母さんが孫が出来たと喜んでしまう!! ぶっちゃけ就職先とかお金とか僕は困らないし、何も言うことない幸せな人生が待っているんだぞ!! ――――――あるぇ?)


 しかも、嫁(未定)は死に別れた恋人を愛し続ける事を許容しており。

 更に、彼の心を人生を賭けて救うとも宣言している。


(………………流れに逆らう理由がっ!! ないっ!?)


 だが思い出せ、己は死にたかった筈だ、恥知らずにも彼女に殺してくれるように頼んだ筈だ。

 そして彼女も、それを受け入れて。

 けれど。


(――罠、もしかして僕を幸せにして死ぬ気を無くそうっていう企み? けど確証はないし証拠も無い、……本当に? スマホとか調べたら残ってない?)


 だが仮に調べて、その行為すら予測された罠だったら?


(迂闊に動けないって訳か、――……いや、違うな)


 活路がある、大五郎にはそれが見えた。


(まず覚悟を決めろ、…………彼女が望んだのなら、ここまで僕を追いつめる程に覚悟を持って望んでいるなら。……――絶対に、僕は責任を取ろう)


 それだけは、魂に誓って逃げてはいけない事だ。

 その上で、藍を想い続ける、彼女が居ない事実に心が耐えきれなくなっても、それでもなお彼女だけを愛し続ける。

 もう、――大五郎の愛は揺るがない。


(例え狂っても、君だけを愛し続ける。そしてそれを絶対に口には出さない、嘘をつく事になっても藍への愛だけは保ち続ける)


 嗚呼、と熱い吐息が漏れる。

 久々に力が湧いてくるような感覚、目の前が色づいていく様な錯覚。


(咲夜には後で謝らないと、最悪の場合は仮面夫婦になるって。僕は――君をもう性的な目で見ないし触れない)


 決意を胸に、大五郎が立ち上がった瞬間であった。

 ドアが開いて、咲夜が戻ってくる。


「や、お帰~~~~――――…………っ!? さ、咲夜っ!? そ、その格好!? パジャマあったよね? ちゃんとしたパジャマあったよねっ!?」


「思ったのよ私、今日は初夜だしこれから同棲開始するしすぐに結婚するし、なら――――夫婦円満の為にも私のこのカラダで、そうッ、この美しすぎるカラダで、………………大五郎くんを籠絡しようって。んでどう? この黒のスケスケなベビードール似合ってる? 下もえっちぃの穿いてるのよ」


(助けて藍っ!? 湯上がりホヤホヤの色気にそれは卑怯だってえええええええええええええええっ!?)


 長い一日がやっと終わると思っていた、精々が隣で寝る咲夜を性欲に負けて襲わないようにと。

 だが現実はどうだ? 誰が大五郎はハードモードに入っただ。


(る、ルナティック!? 僕の人生難易度ルナティックに入ってるよっ!?)


「どう? 気に入ってくれた? 大五郎くん好みだといいんだけど。…………ね、初めては色気なんて無かったでしょ貴方泣いてたし、私は貴方に任せて抱きしめただけだったし」


「あ、あわわわわわっ!?」


 後ろに逃げようとして、大五郎はベッドに倒れ込む。

 咲夜は婉然と歩き、彼に馬乗りになる。


「――――私の初めて、やり直してくれる? 優しくして欲しいの。……それとも、私が激しくしようか?」


「~~~~~~~~~~~っ!?」


 ある意味では、大五郎史上最大のピンチが訪れたのであった。


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