第23話 墓前にて
(こういう時、私は貴女に何て言えばいいのかしらね)
顔の知らぬ故人に向けて、咲夜は心の中で呟いた。
隣には大五郎が藍の墓石の前で膝をつき、目を閉じて熱心に手をあわせている。
(或いは、謝罪すべきなのかもしれないわね。貴女から見れば恋人を寝取った女になるだろうし)
昨晩の行為に愛は無かった、あったのは同情と憐憫、そして母性本能を加えてもいい。
(はぁ~~~~、ダメンズなのね私ったら)
正直、不味い気がする。
何が不味いかというと。
(ああして男の子に縋られるの、悪くないって思っちゃったのよね、可愛いとまでよ。なんか暖めなきゃなって)
妙な事になった、というか重い事に巻き込まれたというか自分から首を突っ込んでいってしまった気がする。
後悔はしていない、ただ少し。
(…………これから、どうするのかしら神明くん)
冷静に考えてみれば、これでハイ終わり明日も屋上で、なんて言い出す気もするし。
咲夜としても、それが一番気楽だ。
(放課後に二人っきりで過ごすのも、良かったもの)
だが、目の前の体を重ねた少年はどうだろうか。
心が少しでも、軽くなったのなら良いのだが。
そんな彼女の視線に気づかず、大五郎といえば。
(…………あ゛~~~~、これからどうしよう)
正直な話、途方に暮れていた。
なにせ藍の葬式以降、誰にも吐露できない心の内を全てさらけ出してしまったのだ。
安心があった、安堵があった、黙って優しく受け止めてくれた事には感謝しかない。
それが故に。
「…………ねぇ水仙さん、僕はこれからどうやって生きていけば良いかなぁ、死ぬ? もう死んだ方が良い?」
「ちょっと神明くん?」
「いやね、誰にも言えないまま苦しんでたけど、もうスッキリしたい」
「そりゃあ、あれだけ泣いて下も出なくなるまで中に出せばスッキリするでしょうよ」
「下ネタ!? はしたないよ水仙さんっ!?」
「はしたなくもなるわッ!! 私の体に溺れて君なしじゃ生きていけないとか、メガ盛りの抱擁力に惚れたとかならまだしも!! 死にたいって何よ!! もうちょっとマシなコトを言いなさいッ!!」
「――――なんかスッキリして生きる気力が尽きてきたから殺して欲しいんだ」
「すっごく爽やかな顔をして言わないでッ!?」
何を言い出すのだこの男はと、呆れ半分、怒り半分で大五郎を睨みつける咲夜。
しかし本当は分かっていた、朝起きた時より彼の瞳が空虚に染まりかけていたのを。
(私は今、――試されている)
なんて卑怯な男だろうか、彼は今、咲夜に依存しようとしているのだ。
断れば自ら命を絶つ、受け入れても殺すことになる。
黙り込んだ咲夜を前に、大五郎は穏やかな顔で。
(本当はさ、分かってたんだ。いくら運命の赤い糸が見えた所で藍はもういない、感じることなんて出来ない――――僕はさ、死ねない理由を誤魔化して生きてきたんだ)
彼女が守った命だから、死ねない。
でも、彼女の居ない世界に意味はない。
(疲れたんだ、藍を想って生きるのが)
憎みたくない。
(藍、君が居ない事を。君自身を)
まだ、大五郎が藍を愛のままに愛せる理性があるうちに。
(終わりたい、僕はもう……終わりたいんだ)
期待の眼差しで咲夜をみつめる、黒髪の綺麗な、月の女神のような美しいクラスメイトを。
(きっと僕は、君に助けて欲しかったんだ)
運命の赤い糸、絶対的な相性、大五郎と咲夜の間だのそれは恋ではなく。
(絶対に、僕を救ってくれる人)
彼女に何も返せないのは残念だけれど、彼女なら必ず救ってくれると信じて返答を待つ。
その眼差しに気づかない咲夜ではない。
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~~~~~~~ッ!! だから分かり易いんだって神明くん!! 貴方と屋上で過ごすようになるまでボッチだった奴に対して無理難題すぎなのよぉッ!!)
頭を抱えてしゃがみ込みたい、何もかも放り投げて帰りたい。
でも、でも、でも。
――水仙咲夜は、神明大五郎を見捨てられない。
この苦悩を、うっぷんをどうしてくれよう。
そう考えた瞬間であった。
(………………そうね、別に心の中でぐちぐちする必要なんて無いじゃない)
すぅ、と深呼吸を一つ。
女は愛嬌、笑顔とは本来は威嚇の意味である、殊更に機嫌良く笑って。
「せーきーにん! せーきーにん!」
「水仙さんが壊れたっ!?」
「べっつにぃーー、壊れてませーーん、ただぁ、どっかの誰かさんが、私の処女を奪って、避妊もせずに出すだけだして? 超絶スッキリした顔で殺してくれ? ――――ねぇ、こんな人をどう思うかしら神明くん??」
「あっ、ヤベっ」
ぐるんと大五郎の精神が正気を取り戻した、これはダメだ、本当に、マジでダメだ。
これでは彼が死んだ恋人を理由に、ヤるだけヤってヤり捨てした最低男の様ではないかというか、むしろ秒読みである。
(あわわわわわわっ!? ぼ、僕はなんという事をっ!?)
今更後悔したってもう遅い、具体的には種が撒かれた。
発芽するかは可能性だけが知っているが、万が一そうだった場合、立つ鳥跡を濁しまくりってレベルじゃない。
「せーきーにんッ!! せーきーにんッ!! あー、可哀想だわぁ、この子はパパの顔を知らないで生きるのね…………」
「お腹をさすって言わないでホントマジで!? 殺して!! いっそ殺して!! お願いしますこのゲス最低男をどうか殺してくださいお願いしますっ!!」
どうしよう、もはや藍がいない世界とか死にたいとか、そういった場合ではない。
無情なるかな彼の優秀な頭脳は冷静さと共に、最悪の、否、宝くじ一等前後賞当選級の可能性をいくつもリストアップ。
責任、その二文字が大きくちらつく。
(に、逃げれないっ!? このまま僕が逃げれば藍の評判まで落ちかねないし、そもそも殺してくれ以上に水仙さんへ不義理過ぎるっ!? もし大丈夫だったとしても確定してない以上は僕には取るべき責任が――――っ!!)
顔を青くして、冷や汗をダララダ流し始める大五郎。
咲夜は彼の両手を己の両手で包んで、自分史上最大級の微笑みを見せ。
「うふふっ、意地悪だったわね神明くん。でも私の憤りとやってしまった責任、理解したでしょ? でも私だって鬼じゃない、恋人を亡くして悲しむ貴方に理解を示したいの、いいえ……救いたいのよ」
「そ、それは…………?」
「無責任な神明くん、――貴方の望み通り殺してあげる、天国で藍さんと再会させてあげる。けど現世の未練がなくなる様に、その日が、ああ、長くても次の生理が来た時にしましょうか。その時まで…………じぃ~~~~~~~~~っくり、絶望させて あ げ る !! はい、じゃあ明日から私たちは恋人ね、はい決定ッ!!」
「は? ええっ!? どういう事?! 僕何されるのっ!? ね、ねぇマジで何するつもりなの!? 恋人? 恋人っていった!? ちょっと、ちょっと水仙さん!? なんで何も言わずに帰って行くの!? ちょっと待ってマジで待ってお願いだから話し合お――――って全力ダッシュで逃げやがったっ!?」
その日、咲夜とは一切の連絡がつかず。
次の日の朝である、まだ日が昇らぬ中で起き出した大五郎。
彼は数日分の着替えをスポーツバッグに詰め、悲壮感の漂う顔で立ち上がる。
「――――とりあえず半年ぐらい旅に出よう、死ぬのはそれから考えるって事で」
そう現実逃避、あるいは危機管理、どう言い繕ってもつまるところ。
咲夜から逃げだそうとしているのだった。
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