第17話 授業中に密やかな(親愛のキス2)



 嫌な予感はしていた、何せ朝から咲夜は妙にご機嫌だったからだ。

 前日のほっぺにチュー・ショックをいつまでも引きずる大五郎ではない、故に表面上は普段通りに、しかし油断なく身構えて。


(――――このタイミングで動くのかっ!!)


 昼前の気怠い時間、教師も生徒も注意力が散漫になるタイミング。

 そして二人の席はそろって最後尾、そして生徒数の関係からその横列は二人の席以外ナシ。

 つまり、誰にも見られない機会が多いわけで。


(ふふ、こういうのは手早くやらないとね。少しずつ……少しずつ椅子を下げて、浅く座って、いつでも立てるようにして……)


(来る、タイミングを見計らっている!! やるの!? また僕のほっぺにキスするの!? ――何考えてるんだよ!!)


 咲夜が妙な性癖の扉を開きかけているとは知らず、大五郎は戦々恐々とした。

 万が一見つかったら、そう思うと顔を青くしてしゃがみ込みたくなる。


(んもおおおおおおお!! 水仙さんは自分の影響力を理解してるの!? こんなの誰かに見られたら僕の学校生活は破滅……は言い過ぎだけど!! ぶっちゃけこんだけ仲良くしてる時点で手遅れな気がするけど! 今回のはちょっと度が過ぎてるんじゃない!?)


 この焦りを外に出さないのは、流石といって過言ではないだろう。

 事実、彼が視界に入った教師は何の違和感も覚えず。

 だが。


(いや焦ってるの大五郎? 何かを警戒して…………咲夜? 二人とも何してるわけ?)


(…………はっ!? 大五郎がピンチに陥ってる気がする!! むむ、だが許してくれ、席も遠いし助けてやれない不甲斐ない俺、お前の親友である井元透を許して欲しい!! 頼んだぞ輝彦! お前の方が席は近い……いや無理か)


(ふむ? トールは動かないか。いやオレも動けないのだが)


 当然の様に幼馴染み組は気がつき、そして。


(――――分かる、感じる、今……神明くんは焦っているわね!! どうしてバレたのかしら、私はいつも通りの演技を崩していないのにッ!! でも一回、一回でもほっぺたに親愛のキスをしたら私の勝ちよ!!)


 燃やす、水仙咲夜は闘志を燃やす。

 これでこそ、初めての友達、一緒に居て安心してそれに楽しい存在、男女の情を越えた親友。

 …………ドキドキする相手。


(見たい……あはッ、もっと神明くんが動揺する顔が見たいのよ、楽しみだわ、どんな顔をしてくれるのしら…………!)


(なんか邪悪なことを考えてる気がするううううううう!? 考えろ、考えろよ僕! この天才的な頭脳をいつ使う、そう今だ! 予測しろ、完全に予測しろ、出来るはずだ、水仙さんの攻撃を完全回避しなおかつ怪しまれず誰にも見られず済ませる未来を!!)


 瞬間、大五郎の脳味噌はフルスロットル。

 つかみ取れ、破滅のない未来を――――。


(あの体勢、すぐに動ける筈だ。中腰からの、もしくは後ろにまわって、切っ掛けは何だ、先生が視線を黒板に向けた時、或いは消しゴムをわざと落として拾いに立つ)


 考える。


(この状況がフェイクの可能性、授業終わりにすれ違いざま、違う、それはあり得ない。彼女だって僕が感づいたコトは理解してる筈だ)


 没頭する、深く、深く、けれど警戒は怠らずに。


(力押しは無い、不意打ち、僕の注意を引く、例えば……消しゴムを窓側に投げ、僕に取らせようとする)


 席の位置関係は窓際に大五郎、その隣に咲夜。


(協力者が居ればこの策は取らない、だが僕以外で水仙さんが仲がいい人物、えーちゃんは動いていない、それより少し驚いてる様に見える。なら可能性は除外だ)


 イメージする、完全な未来予測を。


(――先生が黒板に向いた瞬間、水仙さんは消しゴムを投げる、それはカーテンに当たり目立つ音は落下による着地時のみ。だがすぐには動かない、僕に取ってと頼んでからだ)


 そして発生する二つのルート、大五郎が断った場合は彼女自身が取りに行き彼に逃げ場は無い。

 大五郎が頼みを了承した場合、絶好のポジションを彼女は得る。


(消しゴムを打ち返す、そしてそれを水仙さんのペンケースにゴール。これが――ベストアンサー!!)


 思わず口元が緩んだ、同時に教師は黒板に向き合い。


(――いまよ!)


 見逃さない筈がない、咲夜は消しゴムを机に立て上から抑えて指ではじく体勢へ移行。


(だがそれは読めているんだ!! カモン、小学生の時から使ってる遮光板になる下敷き!!)


(コースが読まれてる!? なら神明くんへの直撃コース!!)


(そう来ると思ったよ!! その為に表面積の多い下敷きを選んだんだ!!)


 放たれる消しゴム、それは放物線を描き大五郎の額へと。

 勝った、彼がそう確信した時であった。


(――――そういえば、私の方からばっかりじゃ神明くんに悪いわよね)


 大五郎が完全に読み切った事を察知したのか、それとも気まぐれか。

 彼女は咄嗟に狙いを変えた、――予測の前提を覆す形で。

 故に。


(嗚呼、あの下敷きは丁度良い感じね。キスの瞬間を隠してくれるもの)


(打ち返された消しゴムを無視して中腰で立った!? でも僕には下敷きガードがある! ほっぺにちゅうはさせない!! 絶対にだ!! 無理矢理きても――)


(強引に行ってもダメよね、公平に行くなら先ずはアピールしてヨーイドンよ)


(…………あれ? こない? っていうか、なんで水仙さんは自分のほっぺを指さしてるの?)


 意図を考える間もなく、咲夜はするりと手を延ばし大五郎の顎を掴む。


(やっぱり強引に来るつもりだね! 絶対に窓の方は向かない――――!?)


(あ、やっぱりこれが正解だったようね)


 策士、策に溺れるとはこの事か。

 咲夜が向かせようとした方向は、大五郎の考えとは真逆。

 つまり、彼の顔は咲夜の方向へ。

 するとどうだろうか、目の前には彼女の白い頬が目の前に。


(~~~~~~~~~~~~~っ!? は、はぁ!? はいいいいいいいっ!? え、今どうなったの!? 僕は何をして何をされたの!?)


(ヨシ! これで満足!! 神明くんもあっさりキスしてくれたし上出来よ!!)


 そう、頬への親愛のキスを大五郎は咲夜にしてしまったのだ。

 誰にも見られず、察知されず、これ以上なく完璧な形で。


(――――――負けた、じゃなくて!! いやこれはダメでしょ!! ほっぺにチュウしたのはちょっと嬉しいけど!! これは話し合うもといお説教でしょうが!!)


(あー、楽しかった! 今日のお昼ご飯は美味しそうね!!)


 メラメラと使命感に燃える大五郎に気づかず、咲夜は浮かれて。

 そして終わる授業、昼休みに彼は動かず彼女もまた普段通りに戻って。

 放課後、いつも通りの屋上であったが。


「~~~~~~ッ!? な、なんで後ろから抱きしめてるのよ!? は、離して神明くん!!」


「いやいや、離さないよ水仙さん。君には言いたいことが沢山あるんだ……今日は、じっくりと僕の腕の中で聞いて欲しい、逃げるなんて許さないから」


 大五郎は咲夜を後ろから抱きしめ、耳元で囁き始めた。

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