第16話 お詫びは……
パンツ騒動から数日後であった、咲夜は大なり小なり気まずそうな顔を見せてはいたが。
それでも屋上でふたり、いつもの様にダベって。
――だから今日も、大五郎は屋上へ向かう。
(今日ぐらいになれば、何事もなかった感じの顔してるでしょ)
そもそも、大五郎はもう気にしていないのだ。
確かにショックであった、だがそれより相手のパンツを渡された事。
更に、己のパンツを咲夜と絵里の頭にかぶせたのでノーカン、ノーサイドである。
(気がかりなのは、なーんか変な顔してたんだよね今日は特に、あの自信満々で期待してくれって無言の眼差しはなんだったんだろう)
朝、教室で挨拶した時から授業中もずっと。
大五郎は期待半分、不安半分で屋上の扉を開いて。
「――――ふッ、よく来たわね神明くん! どうやらアイコンタクトが伝わったみたいで嬉しいわ!!」
「なんでベンチで仁王立ちしてるの? 上履き脱いでるのは偉いけど、風でスカートめくれるよ?」
「安心して、私のスカートはちゃんと錘を仕込んであるの。…………この水仙咲夜様にッ!! パンチラは存在しない!!」
「自分の美貌の威力を理解しての工夫だね、僕は君が常識的で嬉しいよ!! で? アイコンタクトなんてちっとも伝わってなかったけど今日は何をするの?」
問いかける大五郎に対し、咲夜は首を傾げて問い返した。
「え? アイコンタクト伝わってなかった? この私の完璧なアイコンタクトが?」
「どっちかって言うと、ドラマの撮影みたいにキメッキメのウインクだったけど? ちょっとは自重して? 君のウインクを見た人がハートを打ち抜かれて悶絶してたから」
「なんで神明くんは大丈夫なのよ」
「だって僕ら友達じゃん、君のウインクなんて屁でもないさ」
嘘であった、虚勢であった、ただ必死で表情を取り繕っていただけで。
(は? は? ――――僕誘われてるっ!? え? むっちゃドキドキしてるんだけど!? んんんんんっ!! 今すぐ抱きしめたくなるような視線送らないでよっ!! 助けてあっちゃん! 僕を悪魔の誘惑から助けて!!)
と、内面はぐちゃぐちゃ。
特技である赤い糸から、咲夜の感情が伝わって来なければ恥ずかしい誤解をしていたこと請負だ。
「――――ああ、それを聞いて安心したわ」
「安心? 今のどこに安心要素が?」
「ちょっとね? 私としてはギリギリセーフラインっていうか、もし勘違いされたらどうしようって思うんだけど、友達なら、友達や家族なら普通のことだし」
「話が見えないよ?」
やはり、嫌な予感と楽しそうな予感が半々。
まったく、咲夜という人物は大五郎を飽きさせてくれなくて。
彼の期待混じりの視線に、彼女はベンチから降りて座り直すと。
その隣をぽんぽんと叩いてアピール、大五郎は素直に従い。
「こほん、これはねちょっとしたお詫びなワケよ。先日のアレの」
「でも僕のパンツもかぶったし」
「それは許さない、絶対によ!! この美しい私にあんな行為をしたなんて――――死んでもゆるさん!! いつか絶対に後悔させてやるからッ!!」
「なるほど、今日は解散だねまた明日~~」
「ああーーっ!! ちょっと待って待って! 待ってったら、私が悪いんだけど根に持ってるだけだから!! いつか公衆の面前で私の脱ぎたてパンツを間食させようと企んでるだけだから待って!!」
「それの何処に待つ要素があるの? というか地味に苦しいから腕で首を締めるのやめてくれない?」
「あわわっ!? ご、ごめん神明くん!!」
特に苦しいわけでも無かったが、ゼロ距離で密着されると良い匂いで勘違いしそうになる。
それと。
(胸が当たってる筈だけど……うん、言わぬが花かな?)
「なんか今、ヘンなこと考えなかった?」
「――っ!? き、気のせいじゃない?」
今一度言おう、運命の赤い糸とは絶対的な相性だ。
だから大五郎が彼女の感情を感じ取れるように、彼女もまた同じことが出来る可能性があって。
(これ以上、水仙さんといると…………いや、考えないようにしよう、ドツボにはまりかねない)
「あッ、また何かヘンなこと考えてる」
「気のせいだよ、――それで? 結局なにするの?」
「…………まぁいいわ、話を戻します」
ジト目で訝しみながら、咲夜はコホンと咳払い。
そして大五郎の顔を掴み、斜めに向けると。
「まぁ、私という美少女の価値を考えた上で、一応はお詫びの類というか。個人的な親愛というか」
「つまり? 僕どうなるワケ?」
「目を閉じなさい。プレゼントや贈り物って程、大げさじゃないけど」
「よく分からないけど、おっけー視界オフった!」
さて咲夜は何をするのか、顔を斜めにした理由は、赤い糸の情報で推察するという無粋はしない。
(甘い、甘いよ水仙さん! 何かを仕掛けようとしてるのは分かってる!! 今度はどんなコトで僕を楽しませてくれるのか――――――ん゛ん゛っ゛!?)
瞬間、大五郎はピシリと凍り付いた。
まったく予想していなかった、だが恋人がいる身、その行為が何か分からない訳がなく。
「なんでキスしたの!! は? はぁ!? え、何? なんで!?」
「そんなに驚くこと? 頬へのキスは親愛と信頼の証じゃない」
「そうだけど!! 確かにそうだけど!!」
「…………もしかしてダメ、だった? 迷惑だった? 私と……もう友達じゃない? あんなコトをしてしまったから…………」
「違う!! 違うから!! そりゃあ嬉しかったけど! けどもさぁ!!」
「あ、嬉しかったのなら良かったわ。実はウチでは昔から挨拶がわりに頬へキスしてたのよ」
「欧米!? 君の家庭って欧米なの!? 神社なのに!?」
「言ってなかったかしら? 父はイタリア人よ?」
「イタリア系ハーフ!? …………うーん、ごめんね水仙さん、僕はイタリア系ハーフよりロシア系ハーフの方がロマンを感じるんだ」
「意味はよく分からないけれど、なんかムカツク」
「まぁまぁ、じゃあこれでパンツの件は本当にノーカンってコトで」
うまく誤魔化せた、そう肩をなで下ろす大五郎であったが。
(~~~~~~~~ッ!! こ、これは――――なんて愉しいの!? カワイイ! 神明くんカワイイわ!! え? ええっ? そんな照れてるのバレバレな顔で誤魔化し成功とか思ってる? そうでしょ、絶対そうでしょ!!)
咲夜の中で沸き上がるこの感情は、なんと名前をつけたらいいだろうか。
分かる、大五郎の気持ちが手に取るように理解できる。
彼の高鳴る心臓、動揺、恥ずかしそうな顔、恋人への軽い罪悪感。
(もう一度……、もう一度、頬にキスしたいわ)
これは親愛表現である、だって彼と咲夜は友達なのだから。
くつくつと腹の下から沸き上がる、愉悦でも言うべき感情に彼女は気づかず。
(ふふふっ、もっと神明くんが取り乱す顔がみたいわ。ええ、なら今すぐは効果的じゃないわね、――――なら)
ドギマギして咲夜の変化に気づかなかった大五郎、悪い顔をする咲夜。
その日はそれですぐに帰ってしまったが、次の日、昼休み前の授業の最中であった。
彼女は、昨日の衝撃から立ち直り平然と授業を受ける大五郎の横顔を見ながら。
(――――…………ゲーム、スタート!)
魔の手がたった今、大五郎に襲いかかろうとしていた。
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