第14話 パンツⅢ



(――――やっぱり、何か企んでるんだね!!)


 屋上の扉の外、下へと続く階段の踊り場で大五郎は聞き耳をたてていた。

 だってそうだろう、目の前で逃走して密談とくれば、盗み聞きするしかない。


(決行はお昼休みか……細かい所が聞こえなかったのが痛いな、何が目的で、どんな手でくるのか――くっ、まさかえーちゃんが敵に回るなんて!!)


 どんな話術を使ったのか、それとも美貌でごり押ししたのか。

 手段はともあれ、絵里が咲夜に組みしたのは痛すぎる事態だ。


(――――ちっ、こっちに来る! ひとまず教室に行こう。僕も輝彦かトールに応援を求める……?)


 果たして親友を巻き込んでいいものか、三秒きっかり考えた末に、大五郎は結論をだした。


(保険、もしもの為のバックアップにしてもらおう。状況が不透明な以上、切り札は伏せておくべきだ)


 ならばやる事は、咲夜と絵里の観察、そして昼休みに取る行動の選定。

 そうと決まれば、先ずはスマホで密かにトールと輝彦に連絡を取って。

 素知らぬフリをして、授業に挑む。

 そして。


(――よし、お昼休みだ! 念のために鞄を持って行こう盾にしてよし投げてよし、秘密兵器が入ってるとフェイントする為に大事そうに抱えてっと)


(動いた――――って神明くん!? なんで鞄を持ってる訳!? これじゃあ注意を引いても絵里がパンツを入れられないじゃない!!)


(まさか見抜かれていたっていうの大五郎!? くっ、いまさら咲夜と相談してる時間はない! ……屋上に先回り、勝負はそこから!)


 鞄を大事そうに抱えて教室から出ようとする大五郎、慌てて追う咲夜、逡巡したあと二人とは反対方向に駆け出す絵里。


「……行ったぞトール、オレらも行動するか?」


「いや、打ち合わせ通りに五分後だ。大五郎は屋上を戦域にするだろう」


「そうだな、アイツがソレを出来ない筈がない。予定にない妨害をする必要はねぇか」


「その通りだ輝彦、絵里は強敵だが――大五郎の策に間違いはない」


 幼馴染み五人組、手先が器用の絵里に、腕力と壁の輝彦、反射神経に優れたトール。

 そして司令塔で頭脳役である大五郎、全員揃えばなんでも出来た、そう思っていた。


「藍が居たら…………いや、スマン」


「謝るな、俺もそう思ってしまったんだ輝彦。水仙さんが穴埋めになれば良いとまで、な……」


「……もう二年、いやそろそろ三年か。ま、こうしてあの時みたいなバカ騒ぎが出来る空気が出来てきてオレは嬉しいぜ」


「大五郎もそろそろ進んで良い頃だろう。俺達が出来るのは賑やかし、――ああ、楽しくやろうぜ親友」


「そうだな、楽しくやろうぜ親友」


 こつんと軽く拳をあわせ、青春色の男ふたり。

 そんな中、屋上へと続くルートでは大五郎を先頭に静かな鬼ごっこが開催されて。


(……着いてきてるね、けど近くにえーちゃんの気配は無い、待ち伏せ? それとも先回りされた? 僕が屋上に行くのを読まれてる? ――いや、それも想定内だ)


(ど、どうして近づけないのよ!? 走ろうとすると他の人達が邪魔だし、後ろ姿が常に見えるのは助かるけど……これじゃあ、屋上へ誘導できな…………あれ? 階段を屋上へ? ま、まさか屋上に誘い出されてる!?)


(むっ、動揺してる気配? これは向こうも屋上で仕掛けるつもりだった? ――スマホの通知にトールと輝彦からの連絡は無し、つまり僕の机に何かを仕込む可能性は無くなったわけだけど)


(くッ、問答無用で教室で止めれば良かったわッ! ……でもまだチャンスは残ってる、屋上で誘惑…………ううっ、誘惑? 男の人を? この私が? 私の美貌にデレデレしない神明くんを? うぐぐぐぐぐッ、やはり下着の一つや二つ――――!?)


 赤い糸から伝わる咲夜の感情の揺れを、大五郎はしっかり確認しながらついに屋上へ。

 きょろきょろと周囲を警戒しながら、静かな目つきでベンチに腰を下ろし。


「――き、奇遇ね神明くぅん! 貴方も今日のお昼は屋上なのかしら!!」


「やっほ水仙さん、そーいえば教室でも食堂でも購買でも姿を見たことは無かったけど……もしかして、ずっとここで?」


「ええ! だってこの私の美しさでしょう? 人だかりが出来て迷惑だもの」


「…………なるほろ」


 確かにその通りではあった、入学当初は休み時間の度に廊下から他のクラスや上級生達が一目見ようと押し掛け。

 食堂を使おうものなら、騒ぎが起こった。


(うーん、気づいてるのかなぁ? 実はファンクラブの協定で、屋上に居座り始めた水仙さんを邪魔しないようにって、ここが一種の聖域になってるの)


 そんな訳で、実は放課後で一緒にすごすのもファンクラブに知られてしまう危険性が高く。

 今回のような行動に出れば、確実に彼らの注目を集めてしまうだろうが。


(ま、友達になったワケだしね。……それより)


「ねぇ水仙さん? 隣に座るのはいいけどさ、なんでずっと睨んでいるの?」


「睨んッ!? ち、違うわよ!! 分からないのこの視線が!! ちょっと鞄を置いて考えてみなさい!」


「ほうほう? もしかして、スカートを少しだけ上げて太股をいつもより見せてるのと関係ある?」


「胸に手をおいて考えてみなさいよバカ!!」


「じゃあさっそく君の胸を借り――」「ふおおおおおおおおおおッ!? 躊躇無く私の胸を触ろうとするんじゃない!? ワザとでしょ!? 絶対にワザとでしょ!?」


 ベンチから飛び退く咲夜、もちろん大五郎には最初から触ろうとする気なんて無い。

 そうだ誘っていたのだ、この瞬間を。

 鞄を置くように言ったこと、太股を見せてきたこと、すべては――――。


「そこだっ!! やり口は分かってるんだ絵里!! 僕の鞄に何を――――!?」


「しまった!? 罠!? セクハラしたのもコッチへのフェイント!?」


「隠してッ!! 早く隠して絵里!!」


「そうはさせる…………うん?」「あ」「ッ!?」


 瞬間、大五郎は何ともいえない顔をした。

 なにせ、延ばした手の先、絵里の手元にはパンツ。

 どう見ても昨日、彼が履いていたパンツ。

 赤色で稲妻がはしった柄のトランクス、恋人・藍からのプレゼントであるパンツである。


「ふんぬううううううううううううう!! 退散――――って離せ! 離すのだ盟友よ!!」


「いや離すわけないじゃん!? なんでえーちゃんが僕のパンツ持ってるの!? しかも昨日履いて、洗濯に出し忘れたやつ!! もしかしてそんな変態だったのえーちゃん?!」


「後生だから! 大五郎後生だから!! 何も聞かず手を離しなさい!! 主に咲夜の為に!!」


「どうしてそこで水仙さんの名前が出てくるのさ!!」


 ぐいぃぃぃぃぃーーーーっと引き延ばされるトランクス、絵里は新しい友の為に、大五郎はもちろん自分の物であるからして全力で取り返そうと。


「いいからッ! それ以上引っ張ると破れちゃうから離して絵里!!」


「ダメよ咲夜! アンタの尊厳を守るためにも!! わたしは引けない!! 引くことなんて出来ないのよ!!」


「よく分かんないけど!! あっちゃんから貰った数少ないプレゼントのトランクス――――――――あ」


「あ」「あ」


 咲夜が止めに入ろうと、二人の手を掴んだ瞬間であった。

 びりびりびり、と使用済みパンツが二つに裂けてタダのボロ布に変貌。


「ほわああああああああああっ!? 僕のパンツううううううううううううう!?」


 大五郎の叫び声が、屋上に響きわたった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る