第7話 アドレス帳/ゼロ


 友達という関係にライバルという属性が加わったところで、何かが劇的に変わるわけではない。

 放課後に二人、だらだらと一時間ほど屋上で。

 そんな中、いつもの様に帰宅し就寝時。


 年頃の少女にしては、少々シンプルな部屋と野暮ったい煎餅布団。

 そこで微睡みはじめた瞬間、咲夜は気づいた。


「…………そういえば私、アイツの連絡先とか知らない」


 盲点だった。ぼっち故に、放課後はいつも二人っきりだった故に。

 帰ってからも、何かを話したいと思うほどの友人がいなかった故に。


「これは……そうね、うん、単にもしもの時に不便だからよ、別におやすみの挨拶とかしたいワケじゃないし?」


 それは誰に対しての言い訳であったか、ともあれ明日は連絡先を、可能ならばメッセージアプリで二人だけのグループとか作ったりとか。


「…………そういえば、どうやって連絡先を聞いたらいいの?」


 孤高が崩されゆく彼女は、疑問に思いながら次の日である。

 虎視眈々と機会を狙いつつ、もうすぐ昼休みになる時間。


(んもおおおおおおおおおッ!! なんで神明くんは一人にならないのよ!!)


 そう、放課後まで待てず、会話しようと冷静な顔をして隣を伺っていたが。

 ――朝のホームルーム前。


『よぉ大五郎! お前、良いデートスポット知らないか? 知り合いの話なんだが……』


『まて輝彦、俺が先だ。――なぁ、どうやら妹に恋人が出来たみたいなのだが相手を教えてくれないんだ、しかも今度デートに行くみたいでな、同じ幼馴染みのよしみで…………』


『おはよ、トールに輝彦。とりあえず違う話題にしない?』


(くッ、そういえば神明くんの幼馴染みが同じクラスだって忘れてた! …………仕方ない、今は彼らに譲りましょう)


 先日、校門に立っていた筋肉質の巨漢と、シスコンイケメンと名高いが立ちふさがり。

 ――授業の間の中休み。


『我が姫の伴侶たる奇跡の道化師よ、盟友としてソナタに命を下す、――――どうか次の授業の宿題をみせてください』


『いやいや? えーちゃんそれ何回目? いい加減フツーに宿題したら?』


『そう口にはするが、魔の枷を差し出すソナタには感謝している……具体的には学食二回分ぐらい!』


 彼に話しかけるのは、中二病を煩ってる黒ギャルだ。

 どうも去年までは普通の中二病だったという噂だが、どんな心境の変化があったのだろうか。


(うううううッ、またも私の邪魔を……!! というか本当に仲が良いわね幼馴染み三人とも!! 全員、神明くんの所に集まってるじゃない!!)


 対して咲夜の周りにはゼロ、これがボッチと陽キャの差。


(分かってるのよ私も? そりゃあフツーに話しかければいいって。でも、この美貌の持ち主である私に話かけられて……迷惑、しないかしら?)


 次こそは、と見送ってもう昼休み直前。

 ここを過ぎれば、彼は幼馴染みか他の友人たちと学食に行ってしまうだろう。


(ううっ、こうなったら最後の手段よ!)


 彼女は何気ない素振りでスマホを取り出し、教科書で隠しながら隣席の大五郎へアピール。

 もちろん、消しゴムのカスを投げて注意を引くのも忘れない。


(…………やっぱ、そーだよなぁ)


(あ、やっと気づいたこのアンポンタン!!)


(素直に教えてもいいんだけど、――それじゃあ面白くない気がするんだ)


 実の所、大五郎は登校し教室に入った時点から気づいていた。

 赤い糸によって、その様なニュアンスが伝わっていたこともあるが。

 これ見よがしに、何度もスマホをちらちらとアピールされれば気づけるというもの。


(ま、僕以外はきっと暇つぶしにネットしてたぐらいにしか思ってないだろうけどね)


 密かに己の洞察力を誇りながら、さて、と思案する。

 素直に教えてもいいし、放課後まで我慢しろと手紙を送ってもいい。

 だが。


(そう、――僕はノゥと言える日本人!! ここで手紙を隣にシューっ!! 超エキサイティン!!)


(えーと何々……? は? いくら出す? ふざけてるのコイツ!!)


(ふふんっ、水仙さんだけには僕の連絡先は高いよ! どんな値段をつけてくるかなぁ……)


 ウキウキで返事を待つ中、彼女が投げてきたノートの切れ端には。


(私の生声を聞けて、いつでも賛美のメッセージを送れる以上に高価なことはない? なら――)


(は? 美人に貢がれないと教える気になれない? 足下見やがって神明くんめぇッ!!)


(……ほうほう? 土下座させてあげるから? どんだけ自分に自信持ってるんですかね水仙さんは)


(頭が高い、名前に様と発言の前にプリーズをつけろって? 何様よアイツ!!)


(プリーズお願いだから教えてください神明様? ほっほうっ!? これは良い感触なんじゃないの? なら次は)


(満足したからもういいや、次の機会をお待ちしております!? うううううううッ、ふざけんじゃねーーーーー!! 負けてられないわ! 絶対に後悔させてやる神明くん!!)


 そして昼休み、教師が去った瞬間であった。

 どたん、と音を立てて大五郎は立ち上がり。


「よぉーーし、学食行こうよ輝彦! トールも来るよね!」


「あ、すまない俺はパスする。ちょっと用があるんだ」


(しまった出遅れたッ!?)


「えーちゃんは……、あれ? もういない」


「じゃあオレと大五郎の二人――――」


 次の瞬間であった、ガタンと一際大きく音がして。

 その発生源が、あの水仙咲夜となればクラス中が注目して。


(しまった!? 早く輝彦を連れだして、いやここは僕だけでも)


「――――ねぇ、少し待ってくれないかしら升留院くん? 頼みがあるんだけど」


「お、おおおおおお、オレですか水仙さん!! いやっほう聞いたか大五郎、トール! 水仙さんに話しかけられちゃったぜ!!」


「落ち着けよ恋人持ち、いくらファンだって言ってもクラスメイトだろうが」


「そうは言うがなトール、――あ、すまない水仙さん。用件は何だ? オレに出来る事なら何でも言ってくれ!」


 そうそう、普通はこの反応よね、と満足そうな咲夜は、逃げだそうとしてる大五郎を指さして。


「神明くんの連絡先とか教えてくれないかしら? 何度聞いても恥ずかしがって教えてくれなくて」


「はぁ!? 聞いてないぞ大五郎……って、逃げようとしてんじゃねぇ!?」


「フハハハ! 逃げさせてたまるか大五郎! 捕まえたぞトール!」


「畜生! 裏切ったなトール! ああもうっ、絶対に教えないでよ輝彦! 僕の連作先は死守するんだ!!」


「いやお前……」


「へぇ、幼馴染みを盾にするつもり? 度胸が無いのね神明くんは」


「はぁ~~っ!? 言ったな水仙さん! 誰が度胸がないだってぇ!!」


「そう思うなら、立ち向かって来てみてよ」


「そっちこそ周りから攻めずに、直に聞きに来いよ!!」


「…………なぁトール? オレ達は何を見せられてるんだ?」


「俺に聞くな輝彦、こっちが聞きたいぐらいだ」


 うきー、きしゃーと睨み合う二人。

 大五郎は逃げるのを忘れ、スマホを右手に掲げながら咲夜と対峙する。

 彼女もまた、左手にスマホを構え。


「言ってみてよ、僕の連絡先が知りたいって」


「ええ言うわよ、本来ならアンタの方が媚びへつらって頼むところだけど、特別に私から言いだしてあげるわッ!」


「へぇ、出来るの水仙さんに?」


「ふん、吐いた唾は飲み込めないわよ?」


 じりじりと緊迫した雰囲気、しかし内容が内容だけにどこかトンチキな空気は消えず。

 かたん、と何かの音が瞬間。

 変わる、クラスでは常にクールな印象であった水仙咲夜は、まるで恋する乙女の様に変化して。


「――――神明くんの連絡先……、教えてくれないかしら?」


「はい喜んでぇっ!! …………しまったぁ!? くっ、卑怯者め! 上目づかいで恥ずかしそうに頼まれたら」


 勝者、水仙咲夜。

 彼女はほくほくした顔で、項垂れた大五郎からスマホを受け取り。

 彼の左右には、輝彦とトールの幼馴染みコンビが陣取り。


「…………あ、僕って学食に行かなきゃいけないんだ」


「逃がすかよ大五郎おおおおおおお! 水仙さんとの仲を話せえええええええええ!!」


「そうだぞ大五郎! 俺たち対して隠し事なんて水くさい! 全部喋って貰うからな、続け我がクラスの男子達よ大五郎を逃がすな吊し上げろ!!」


「ぬおおおおおおお! この展開を予測すべきだったああああああああああ!!」


 端的に言おう、二人の仲の秘密は守られたが。

 大五郎は、昼ご飯を食べ損ねたのだった。

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