第2話



「ふぁ、あ……」


 朝日が昇るのと同時に、目を覚ました。

 懐かしい夢を見た。あれは私がこの世界に生まれてくる前の記憶だ。


 前世での私はこことは別の世界で会社員として生きていた。そしてある日の晩、仕事帰りに車に轢かれて死んでしまった。

 そして、気付けばこの世界に転生をしていたのです。


 私が死ぬ直前にプレイしていたゲーム「君に100万本の花束を」の世界に。


「まさか、このキャラクターになるとは思わなかったけど」


 私は鏡に映る自分を見て、小さく息を吐いた。

 この世界に生まれた私はとある王家の姫として誕生した。おぎゃーと産声を上げながら、私は理解した。

 だって、私と一緒に生まれた女の子の名前がシャルロットで父と母の顔がゲーム内にも出てきた人と全く同じだったから。


 私はあのゲーム、君100に出てくる登場キャラクター、みんなに愛される可愛い可愛いシャルロット……ではなく。この作品屈指の悪役令嬢であるヴァネッサベルとして生まれてきてしまったのだった。


 ヴァネッサベル。通称ベルは、とにかく性格が悪かった。双子の妹であるシャルに幼い頃から意地悪をして、王位継承権を独り占めするために妹に暗殺を仕向けるほどで、彼女に関わる者、自分の邪魔になる者を容赦なく切り捨て、殺すことも躊躇わなかった。

 まぁ、乙女ゲームに有るまじきキャラクターなわけよ。


 そして全攻略キャラルート、ハッピーエンドとノーマルエンドの全てで最終的には処刑。そしてバッドエンドだとベルがシャルを殺してしまうのだ。

 とても乙女ゲームのシナリオとは思えないけど、むしろこのバッドエンドに行く方が難易度が高い。フラグ管理が物凄く大変だった。言ってしまえば隠しエンディングに近いのかな。

 だからよほどのゲーマー出ない限りはバッドエンドを見に行く人もいないんじゃないかしら。私は見ましたけど。


 そして私は考えた。どうすれば処刑エンドを回避出来るのか。

 私がベルとして生まれたのだから、単純にシャルに意地悪をしなければいい。暗殺なんて考えなければいい。可愛い妹と仲睦まじい生活を送れば問題ないのでは、と。

 そうも思ったが、この世界でのベルは最低最悪の悪役令嬢。私の意思とは別の何かが働いてしまうかもしれない。

 現に私は自分で思ってることと、口から出る言葉が異なってしまうのだ。何故か分からないけど、私の言葉がベルの口調に変換されてしまうの。柔らかい話し方をしようとしてもこの口はシャルにきつく当たろうとするのよ。


 だから私は考えた。このままだとシャルの十八歳の誕生日パーティーを機に物語が大きく動くかもしれない。

 私がシャルを殺そうとしてしまうのかもしれない。

 そうならないように、最高のエンディングを迎えるためにとった私の選択。


 それは、家出をすることでした。


「山暮らしも最初は大変だったけど、住めば都。慣れればなんて事ないわね」


 決断したのは五歳のとき。夜中のうちにこっそりと城を抜け出し、誰にも見つからない場所を必死に探した。

 当時は城の騎士隊が捜索部隊を編成して私のことを探していたけど、数年経っても見つからなかったので死亡したと判断された。

 おかげで私は山の中でひっそりと一人暮らしを満喫しているのです。

 家出してもそれほど後腐れがないように、私はなるべく悪い子でいようとマナーも覚えず勉強やお稽古はサボりまくっていたから後継としては見られなかったはず。私がいなくなったことで慌てふためくこともないでしょう。


 ちなみに私が見つからなかったのは、魔法特性のおかげ。この世界の人間は必ず魔法の力を持っていて、それぞれに特性がある。

 私の特性は誘導ミスディレクション。相手の視線や注意を逸らすもの。

 この力のおかげで誰にも見つからずに済んだ。この力のことは親もシャルも誰も知らない。この特性が覚醒するのは大体五歳。私はこの力が覚醒した瞬間に家を出たのだ。


 そんなこんなで、気付けば十二年。私は明日で十七歳になる。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る