第4話 私しか所属していない弱小事務所

ガーベラプロダクション、これが私の所属する事務所である。


「おはようございます」


昼過ぎにも関わらずおはようございますってなんだよって最初は思った。ただ今ではそれも定着した。なんなら挨拶全部おはようございますに統一されてしまった。こんにちは?こんばんは?ここ10年使った気がしない。芸能界に知られていないくせに、一丁前に芸能界に染まっている。



「今日もバイト終わってすぐ来たな。あかりんごちゃん」


「その呼び方はJKなら許されますけど、アラサーに足突っ込みかけた私への使用は実刑判決ですよ」


「かーっ流石あかりちゃん!歳を重ねた分の言葉の重みが違う!これならトーク番組もバッチグーよ」


「ならトーク番組に呼ばれるところまでいかないとですね」


とまぁこんな感じの気が楽な事務所であり、私に振られる仕事はこの笠井さんの会話役と、ダンスレッスンくらいだ。あとたまに宣伝活動。

もちろんキチンとした仕事ではない会話役では給料は受け取れないです。

ちなみに笠井さんはガーベラプロダクションの事務員である。こんな弱小事務所なのに私は社長と会ったことが1回しかないのである。笠井さんとは会社に行くと毎日顔を合わせるのに。ただ社長は弱小事務所ゆえに、なんと南は沖縄、北は北海道と全国的に営業に飛び回っているらしく、社長自ら営業って凄い人材不足だなと思ってしまうと同時に30連勤のオーナーのことを思い出し、トップの苦悩やら辛さやらを想像しかけた。


だがしかし、実のところ事務所にある白い〇人や、とおり〇んやらを食べている最中、社長は営業ついでの観光を楽しんでいるのではないかという疑惑が私と笠井さんの中で上がっているのはまた別の話。



「あかりちゃん、そういえば何でアイドル目指してるんだっけ」


「これ面接の時に言いましたよね。というか面接のときに笠井さんも同席してたじゃないですか。…幼少のころショッピングモールのアリーナで…」


「それは聞いた。俺が聞きたいのはそこじゃなくて、何で今も目指してるのかってこと。こんな弱小事務所に入ってまでして」


さっきまでの笠井さんからふざけた雰囲気はなくなり、表情から真剣さがうかがえる。


「前に所属してた事務所が無くなって…それがきっかけであり、今も続けてるのは自分自身のプライド…あとふくしゅ…恩返しですかね」


「ふーん…」


真剣な表情のまま何かを考えるように固まった笠井さんを見るのは面接の時以来だ。


「俺も弱小事務所といえども、この業界でそこそこ活動してたから分かってるが、前の事務所ってアイツが居たところだよな」


「えぇ…」


「その顔からしてきっかけってそれが関係する感じなのか?」


「…まぁ」


「そうか」


言いたくないなら言わなくていい。言葉は無かったけどそんな気がした。


「さて、それじゃぁレッスンやるか」


今日は厳しくいくとのお言葉を受け流しながら2人で狭いレッスンルームに向かう。

笠井さん曰く、あかりちゃんは基礎はもう何年もやってきてるから出来上がってるし、それを忘れないように繰り返しやるだけとのこと。それゆえにレッスンは緩いものだった。

厳しいレッスンは久々だなぁ。でも少し楽しみかもしれない。なんか昔のことを思い出せそうで。


「…ふふっ」


「おっ余裕そうだな」



「まぁたまには厳しくされるのもいいかなって」



これはコンビニバイトがメインで、母親に土下座を繰り返し、アラサーに足を踏み入れかけている女性アイドルの伝説の幕開き…になるかもしれない何でもない平日のできごとである。

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