第弐拾七話 静けさと寂しさ漂うその姿哉

千坂ちさかあおい


中央公園から車道を挟んだ広い土地にはあやめ園がある。


「ここがあやめ園かー」

からももさんは俺の少し後ろを歩いている。

あやめ園はまだあやめが咲き誇る時期ではないので殺風景ではある。

「今は何もないけど6月になるとここをあやめが覆いつくすようになるよ」

「それは楽しみだね」


あやめ園のすぐ横には小高くなっている場所がある。

辺りには松の木が生い茂っている。

そこには現在復元工事中で多賀城が創建1300年を迎える2024年に完成予定の多賀城南門なんもんが灰色の布に隠されている。

東北の経営の中心であった多賀城の入口であり、ここを通る者に多賀城の荘厳さを示していたのだろう。


立ち入り禁止のバリケードに従い、そこから南門を見上げる。

「学校からでも南門だけ頭一個抜けて高いから見えてたけど、近くで見ると迫力すごいね……」

「確か高さは14mくらいだったかな。それに当時を再現して二重門形式かつ横の築地塀ついぢべいも一緒に復元されるからこの布がはがされたときの迫力はもっとすごいだろうね」


南門を後にするとすぐ近くにはかの松尾芭蕉も訪れ、深く感動した様子が「おくの細道」にも記されている多賀城碑(壺の碑)もある。正式にはつぼいしぶみというのだが、ほとんどの多賀城市民は壺のと呼んでいる。


多賀城碑は日本三大古碑の1つに数えられており、国の重要文化財に指定されている。父が言うには昔は今のように囲いがされておらず、石碑が丸裸でさらされていたそうだ。

今は中尊寺金色堂のように覆堂ふくどうによって囲われ、保護されている。


木材で格子状に編まれている覆堂の外から多賀城碑を見る。

「周りが高い木がそびえたっているところにこうやって石碑が顕在しているんだ……なんか神秘的。それによく見ると石碑に何か書いてある……?」

杏さんは眉をひそめて消えかけそうな文字を見つめる


「たしか前半部分は当時の多賀城と主要都市との距離が記されていて、後半部分は多賀城が神亀じんぎ元年724年に大野おおの東人あずまひとによって創建されたこと、762年に改修されたことが141字で記されているんだよ」

「へ、へぇー……」


杏さんは俺の言葉に少し驚いたようで、目を丸くしている

「ん?どうかした?壺の碑にそんなに感動した?」

「いや、うん感動したけど、そうじゃなくて……」

煮え切らない返事が返ってくる。


「ちなみに俺が壺の碑を紹介するとき、いつも最後にする紹介があるんだけどわかる?」

紹介する機会なんて今までで1回しかなかったけど。

だから今日で2回目。


「え、なんだろ」

杏さんは考える仕草を見せる。

「んーわからない」

「壺の碑は古代のつぶやきアプリですねって」

「え?」

「え?」


お互いにお互いの反応が予測できていなかった。

「それはどういう……」

「いや、だからあのつぶやきアプリって140字でしょ。壺の碑も141字でまとめられているから……って説明させないでよ」

ボケを理解してもらえなかったときに説明するときと同じ屈辱を今受けている。

自分の発言の意図を自分で説明するのは恥ずかしいと思う瞬間ランキングにランクインするでしょ。


「ぷっ、あはははは」

杏さんはお腹を抱えて笑い出した。

めちゃくちゃ笑われている。

杏さんのここまで弾けた笑顔を見るのは初めてだ。


「そんなに笑うならもう案内しないよ」

少し拗ねてみせる。

「ごめんごめん、すねないでってば。ほら本丸がまだだからさ、もうちょっと付き合ってよ」


はぁと1つため息をつく。

後ろを振り返りながら。

「ほら行くよ。日が沈む前に」


「うん」

眼を輝かせながら返事が返ってくる。

その瑠璃色の瞳は俺の心を見ている。

そう錯覚してしまうくらいに綺麗な瞳だった。


そこからさらに北へと進むと言っても本当に50mくらいだが車道がある。

左右を見て、車が来ていないことを確認して渡る。


その先には石階段が待ち受けている。

1300年前も南門をくぐってこの階段を登っていたのだろうか。

歴史に思いを馳せながら一段一段登っていく。


そして階段をのぼりきると眼前には1300年に創建され、栄華を誇った歴史の跡が形としてではなく、目に見えないものとして見える。


さらにそれだけではない。

今は4月下旬。

宮城県は桜の見頃は今だ。

多賀城跡には周りを囲むように桜が咲き誇っている。

実は隠れた桜の名所である。


ふと横を見てみると杏さんはこの景色を目に焼き付けている。

瞬きすら忘れているのではないか。


平日の18時過ぎのため南北100mほどの政庁跡には俺たち2人だけである。

「それにしても本当に跡なんだね」

杏さんの言う通りここには当時の様子を説明している多賀城市が設置したと思われる案内書きがあるのみ。

今いる場所は重要な政務や儀式が行われた場所。

いわば1300年前の多賀城の中心といえる。


「期待はずれだった?」


大体の人はただの跡や何もない、何も感じないと評価はあまりよくない。

実際地元の人たちも同じことを思っている人が多いのではないだろうか。

その言い分はわかる。

迫力にかけるしね。

だからその部分を補完するために南門の復元工事を行っているのだろうけど。


杏さんは少し悩み答える。

「んーまぁ多賀城跡って言っちゃってるから跡なんだってことは承知の上だったし、期待外れではないよ」

「そっか」


「逆に千坂君もどう思うの?」

「俺は初めて来たのが小学生だからね。その時は何がすごいのかわからなかったよ。だって何もないんだから」

俺が通っていた小学校はここから徒歩10分圏内の場所にある。

そのため遠足や校外学習で訪れる機会が多くあった。


「でも、学校で多賀城の歴史について学ぶたびに俺のなかでただの石だったものが壺の碑になって、ただの原っぱだと思ってたところが多賀城跡になったんだよ。ここに来る機会が多くて単純接触効果で興味持っただけかもしれないけどさ」

「確かにさっきの壺の碑もそうだけど、こういう文化財が近くにあると校外学習とか社会の学習に困らなそう」


杏さんは中心部へさらに近づいていく。

俺よりも少し前を歩き、その場で立ち止まる。

「私は跡だからこそ良いところがあると思ってるよ」

「というと……?」

こちらを振り返り、俺の顔を見てから続ける。


「ほら松尾芭蕉だって平泉で藤原氏の栄華についての句を詠んでるでしょ?」


夏草や 兵どもが 夢の跡


杏さんはこれのことを言っているのであろう。


「それと似たような感じでこの寂しさと静けさが私は好きだよ」


風が時折吹き、桜の木がそれに合わせて音を奏でる。

桜の花びらがそれに耐えきれずに散ってしまっている。

まるで杏さんの言葉に呼応するように。


「それに当時の営みがどうだったのかっていう想像は全部こっちに委ねられるのも好き」

スカートを袖を太ももの裏に沿わせながらしゃがむ。政庁があったとされる場所に。

この空間を包む薄暗く淡く寂しい紺色にその姿は馴染んでいた。


俺は杏さんの隣へ一歩踏み出す。

「今いる場所は政庁跡だからここが当時の本当の中心地。多賀城跡全体となると四方900mあったんだって。これだけ大きいところにどれだけの人がどんな想いでここに来てたのか考えてもわかりっこないけどさ、きっと胸を高鳴らせてたと思うんだ。だから今の多賀城に来る人にも同じようにワクワクしてほしいと思う」


「ふふ」

口をおさえて杏さんが笑う。

「千坂君は多賀城にことになると熱くなるし、いろんなこと知ってるよね」

「そ、そうかな」

少し恥ずかしい。

思い返してみれば、無意識のうちに知識を披露してしまっていた。


「だって何も調べずにすらすらと言葉が出てくるし」

「何度も調べたからね」

「それにとても楽しそうに話すよね」

楽しそうに。

楽しそうにか……


あの時の澪も俺に同じことを言っていた。


風が杏さんの髪をなびかせる。

「それに何かを懐かしむように、思い出すように話している。そんな気がした」


杏さんが振り返る 。

それと同時に風がみぞおちを吹き抜ける感覚がした。

その瞬間この場が記憶のなかの1枚に切り替わる。


その瞳はどこまで射貫いぬいているのだろうか。

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