第13話

 アカネコが性懲りもなく現れた。ハート付きとそうでない方とどっちだろう。それともまた別のアカネコなのかな。

 エメラルドの眼でじっと私を見ている。近付けば逃げるのだろうけど、撫でたい。

 ジリジリと間合いを詰めても、アカネコは悠然と座ったまま、尻尾を振っている。

「今日は撫でさせてもらうよ」

「僕に触っちゃダメだよ」

 喋った。でも元々喋ったような。

「どうして?」

「消えちゃうから」

「じゃあどうして現れるの?」

「必要だからさ」

 アカネコはちょっとだけ顎をしゃくる。

「全部同じあなたなの?」

「元はね」

「あなたはどこにいるの?」

「ここにいるさ」

 周囲を見渡すと、草むらだと思っていたそこは青桜の下だった。青桜の後ろは夜が続いている。でも木肌にはハートのマークはない。そうだ、ハート、スカンクはどこ?

「だから僕はしばらく隠れるよ」

「そっか。こっちでいいんだね」

「誰に分かることだろう、じゃあね」

「うん」

 アカネコは青桜の陰に飛び込んで、そのまま消えた。

 取り残された私、青桜の側に寄ってアカネコが走って行った方を覗くけど、痕跡もない。

「こっちがいい」


 充分な気持ちで目を覚ました。ベッド。窓の外は夜。

 夢をなぞる。輪郭がこっちの世界とよく似ている。

 今すぐに書き留めないと。日記を出して、もう一度なぞるように記してゆく。

 ドアを開けて居間を覗くとスカンクがソファに座っていた。

「おはよう」

「お、起きたな。それじゃあ俺は食べ物を取って来るからしばらく待っていてくれ」

「私も行く」

 スカンクは首を振る。幼い子に言って聞かせるように。

「食べ物の調達は旅には必要なことだけど、ここでは自分でその方法を見付けないといけない」

「どうして?」

「その発見が間違いなく誰かが先にしたものであっても、自分で見付け直さないといけないものがある。大切なものほどそうだ。意地悪じゃないんだ」

 自分の顔がむくれている。やり方を知ろうと思ったのはそうだけど、ズルじゃないのに。

「そう膨れるなよ」

「当たり前のことなの?」

 スカンクは頷かないで、私の眼を見る。

「多分、そうなんだと思う。教えて貰ったり、見て盗んだことは散っちゃうんだ。その中でも自分で捉えたものは残るけど、結局同じ何かをするのでも、自分で見付け直さないといけなくなる。下手に横目に知っている方が再発見が難しくなる。だから」

 スカンクは率直で嘘がない人だ。きっとそういう人なんだ。理解したら急に、胸の中にあった淀みが溶けた。

「分かった。スカンクがそう言うなら、私は私で見付ける」

 スカンクがホッとした顔で笑う。

「よかった。じゃあ、俺はちょっくら行って来る」

 そのまま玄関の扉から出て、窓から眼で追っていたらしばらく先で、ふ、と消えた。

 歯を磨いて、顔を洗って、着替えて、荷物を確認して。

 部屋の中をうろついていたら、本棚にノートの束がある。中の一冊を取り出して表紙を見たら、「日記」と書いてある。スカンクの旅を記した日記が、これだけの束になっている。

 表紙を開けずに元の場所に戻す。

 台所には最低限の調理器具。調味料が少々。

 レジャーがないと言っていたけどその通りだ。部屋に戻る。

 ベッドの上に転がって、アカネコと青桜のことを思い出していたら、玄関から音。部屋を出る。

「おかえり」

「おう。ただいま。取り敢えずそこのテーブルに置くわ」

 両手に抱えていたものをドサっと置いて、スカンクは、ふー、と息をつく。

「結構たくさんあるんだね」

「まあな。二人分だし」

 卵、ハム、ブロッコリー、パン、ソーセージ、トマト、玉ねぎ。

「これで三食作るってことだよね?」

「俺は大体二食なんだけど、アカネが三食がいいならそれに合わす」

「朝食はここで食べるとして、昼夜はお弁当ってことだよね」

「そうなるね。それが面倒だからまとめちゃってるんだ」

「私は三食がいい」

「じゃあ、それで」

 一緒にキッチンに立って、朝食用にハムエッグとブロッコリーの茹でたもの、パンを、昼食用にホットドッグに炒めた玉ねぎを挟んだものを、夕食用に卵とトマトと玉ねぎと刻んだブロッコリーとハムのサンドイッチを作った。スカンクは私よりも手際がよかった。

 テーブルに向かい合ってハムエッグらを食べる。二つのお弁当をズックに入れて、スカンクは彼の小さな鞄にお弁当だけを入れて、水筒に水を汲む。

「アカネ、準備はいいな?」

「万端」

「出発」

 入り口の扉を開けて家の外に出る。

 これまでの殆どのものと同じように三歩敷地から遠ざかったらスカンクの家は消えた。残るのは夜と、認識の出来ない範囲、そして私たち二人。

「アカネの旅に俺が付いて行くんだ。アカネが道を決めてくれ」

「もちろん」

 私は月の方向に向かって歩き始める。

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