第57話 幕外のオーディエンス その2

 俺はプロセピナの住人に、特にプロセピナに滞在しているセントニアの国民に見せつけるため、16式機動戦闘車で凱旋した。


 プロセピナの城門では、領軍の兵士と騎士団が整列して迎えてくれた。

 16式機動戦闘車が城門に近づくと、騎士団の隊長が号令を掛けた。


 「全員、抜剣!

 ビザーナの戦いの英雄に、捧げー剣!」


  騎士団と兵士が、一斉に栄誉礼を以って俺達を迎えてくれた。


 俺は、セレナと二人で車長席のハッチから自衛隊式の敬礼で栄誉礼で迎えてくれる兵達に返礼した。


 装填手のハッチからはヴァイオラが敬礼を送っている。


 重量が約26トンもある16式機動戦闘車のまま、城門の木製の跳ね橋を渡る訳にはいかないので、俺達は跳ね橋の手前で16式機動戦闘車から降車した。

 

 城門の内側には、既にプロセピナ市民が大勢俺達の帰還を待ち構えており、高機動車に乗ってその群衆の中に入るわけにもいかず、俺達は歩いて城門を潜った。


 わ–––!わ–––!ありがとうー!お帰りー!


 群衆が大声で何かを叫びながら、駆け寄ってきた。正直、コワイよ!


 「騎士団!前へ!」


 城門で栄誉礼を捧げてくれた騎士団が、隊長の命令一下俺達の警護に当たってくれた。

 群衆も、騎士団までは突破して来ない。助かったよ。


 「どちら迄お送りしますか?閣下。」


 俺が安堵してると、羽飾りの付いた兜を被った厳つい隊長が、胸を逸らして尋ねてきた。


 「それじゃあ、ニュクスの宴亭まで頼むよ。」


 「はっ!お任せ下さい!」


 隊長は頼もしく引き受けてくれて、騎士団の隊列に守られて、俺達は群衆の歓声の中歓楽街へ向かった。


 戦に怯えていた街の人々は、セントニア軍壊滅の報せに街中沸き立っていた。


 その喜びに火を付けたのが、プロセピナ侯爵だった。

 侯爵は、私蔵の葡萄酒の樽を供出し、街中の大きな交差点に沢山の酒樽を積み上げて、俺の名前と共に市民に無料で振舞い始めたのだ。


 それに歩調を合わせて、街の大商人達も自分の店の前で、市民に無償の振る舞い酒を提供していた。


 更に侯爵は、街中の料理店に対して、金貨一枚ずつの支払いを約束し、市民に無償で料理を提供するよう要請したので、街は一気にお祭り騒ぎへと盛り上がっていった。

 金貨の袋と書類を抱えた官吏が、汗だくで駆け回っているのが哀れだったよ。


 「ナナセ様ー!ありがとうー!」


 街の通りを進むと、誰もが声を掛けてくる。

 ジョッキに葡萄酒をもらって、ご機嫌なおっさん達は特にだ!

 中には、取って置きの葡萄酒のビンを俺に持ってくる商人達も沢山おり、俺は笑ってありがたく葡萄酒を頂いたよ。


 市民達に俺が声をかけられて、酒を勧められるのが嬉しかったのか、嫁達は皆笑顔で足取りも軽く歩いている。

 それで嬉しくなったセレナは、騎士団の先頭を騎士と一緒に、これでもかと胸を張って行進している。

 本人は騎士の真似をしているつもりなのだろう。


□□□ ジョバンニ・ビルチェ・ガルバオイ・ティアナ


 我はいま、猊座げいざの間に着座しておる。

 この猊座の間は、我が連合王国の正史書ストーリアによれば、建国の始祖、聖バルダス猊下が神の神託を受けた岩の上に建立された神託の塔オラコーロの最上階にある。

 ここに入る事を許されておるのは、イルバート公皇家当主、つまり現公皇猊下と、選皇四家ビルチェの当主のみである。


 今我の座す大理石から削り出したペンタゴン五芒星のテーブルには、我を含め四人のビルチェが質素な石造の椅子に腰を下ろしている。


 すると、猊座の間の重い石の扉が開き、イルバート公皇家のオルソ・ラ・ドゥクス・イルバート・パルディオン公皇猊下が長い臙脂色のマントを翻して入室してきた。


 我等ビルチェは一斉に立ち上がり、公皇猊下を最敬礼で迎えた。

 そして公皇猊下の後ろで、猊座の間の扉が、重い響きと共に衛士の手で閉ざされた。


 「掛けたまえ、ビルチェの諸君。クリテリオ枢密会議を始めよう。」


 公皇猊下はそう宣言し、玉座に着かれた。

 玉座と言っても、我等と同じ石造の椅子で、ただ我等との違いは、背もたれが少し我等の物より高いだけで、大国の元首の椅子としては、余りにも簡素すぎる。

 だが、これこそが我が祖国アランの本質だ。


 「さて、本来ここで治安問題の討議を行う予定であったが、急遽議題を一部変更し、まずセントニアとの紛争について報告を聞こう。

 ビルチェ・ジョバンニ。公の説明をまず聞きたい。」


 我より四歳年長の公皇猊下が、我に発言を促した。


 我は席を立ち、公皇猊下に一礼してから、発言した。


 「本日、セントニアの国軍一万二千とアルビンツェ領軍五千が、ロナー川対岸のビザーナ郊外に布陣。

 同一一00。使者がプロセピナ川港沖で領主侯爵に対して、長年プロセピナで暗躍して先日逮捕された密偵共と、セントニアのナグルトで領主及びその息子らを弑し、領軍およそ四千を殺傷した旅人の引き渡しを要求してきました。」


 我はここまで説明し、皆を見渡した。流石はクリテリオの資格者。この程度の情報は、既に承知しておる模様。


 「使者は、回答の期限を同一二00と要求するも、領主は回答を無視。

 セントニア軍は、領主の態度に苛立ち、軍事威圧目的で川船に兵士を乗せた水上艇を六隻投入、これを展開。」


 「あの自称『軍艦』とやらを六隻投入しても、何の威圧になりましょうか?

 市民の子女なら不安に感じるやも知れませぬが。」


 オリヴィエが、セントニアの川船を嘲笑った。


 「確かに、アントナレオ家の保有する本物の軍艦に比べたら、比べようもない玩具に等しき物ではある。

 しかし、井の中の蛙共が、筏を『軍艦』と誇っても、我等は大人の態度で相手して居れば良い。

 驕れる相手ほど、足元を掬い易い相手はおらぬのでな。

 それでビルチェ・ジョバンニの飛竜騎士団が、セントニアの軍勢を噛み砕いたか?十一年前の様に?」


 公皇猊下が面白そうに尋ねた。


 「違います、公皇猊下。我が飛竜騎士団は、連合王国北部の治安維持作戦に向けて、全騎公都に集結しておりますれば。」


 我はそう報告して、この中で最年長である、パルテンツィオ家のアンジェロ公を見た。

 公とは何度も戦場で飛竜の轡を並べた事がある。

 公は我より長身である故、細身に見られがちだが、中々に良き筋肉を纏っておる。

 公が起立し、公皇猊下に一礼してから発言した。


 「確かに、我がパルテンツィオ家とガルバオイ家を中心とした飛竜騎士団は、公都に集結し来るべき治安維持作戦に備えておりました。


 本来なら、本日の議題はそれが主題でございましたが。


 ガルキア王国崩壊後、ガルキア武装勢力の我が連合王国内への浸透が著しく、経済・物流への影響が顕著に現れ出しております。


 我が小王国内だけでも、ガルキア武装勢力による損害は、国内総消費額の2.2パーセントにも及びます。前の半期と比べても、0.6パーセントの増加となっております。」


 「国境線で防ぐ事は出来ないのですか?」


 この中でオリヴィエに次いで二番目に若いトラドニコ家のピエトロ公が尋ねた。

 滅多に口を開かぬ公が珍しく口を開いたな。

 寡黙な筋肉であるが、見どころがある筋肉である。我が筋肉が、公の筋肉と語りたがっておるわ。


 「公もご存知の通り、我が小王国の国境線は長く、旧ガルキア王国とセントニアにまたがっており、飛竜を持ってしても国境線全てを二十四時間監視する事は不可能である。

 お陰で我が騎竜のイズマエルは、20キロも痩せてしまった!全く忌々し!」


 アンジェロ公は、荒々しく席に座った。


 「ドルチェ・アンジェロよ、それは災難であった。後程上質のオーク肉を運ばせよう。

 しかし、国境の向こうに話しの出来る政治主体が居らぬと、面倒であるな。

 十年に一度軍を起こされた方がまだ良いな。

 そうではないかな?ドルチェ・ジョバンニよ。」


 「全くもってその通りで御座います。

 故に、我等は相手をコントロール出来るよう、相手の経済を支配しなければなりません。

 然るに、ガルキアの事は大きな失敗でした。

 現在のガルキアは、経済の理を離れ、暴力による不確実性に支配されております。」


 「もっともであるな。それで、プロセピナの暴力の局面は、如何に収めたのか?」


 「何も。」


 オリヴィエを除いて皆怪訝な表情を見せておる。


 「はい。我等は何もしておりませぬ。

 セントニアの横暴に怒った『ナグルトの狂犬』が、三人の仲間と子供を一人連れて、セントニアの軍勢を全滅させたそうです。およそ二時間程の間で。」


 「「「・・・・・・・」」」


 重い沈黙が流れた。オリヴィエだけが思惑を含んだ笑みを浮かべおるわい。


 「その武力、個人が持って良い物なのか?」


 ほう、ピエトロ公の発言を二度も聞けるとはな。

 どうやら公皇猊下も同意見か?


 「彼の者は心配ござらん。好きにさせるが吉。逆に干渉すればナグルトの二の舞となりましょう。

 現にプロセピナでは、そうなり申したからの。


 それに、彼の者の筋肉は、根は善。まだまだ荒削りではあるが、良き筋肉をしております。我がガルバオイの婿に欲しい程に。」


 「ほう、ドルチェをしてそう言わしめるか・・・」

 「公がそれ程認めるか・・・」

 「・・・」


 「ジョバンニ公の謎筋肉論は、理解しかねますが、公の人物を見定める目は信頼できます。」


 オリヴィエが立ち上がって発言する。


 「何を申すオリヴィエ公。筋肉程人の本質を露わにする物は無し!」


 アンジェロ公が、我が子に諭す様語る。


 「全くもって、ドルチェの申す通り!」

 「・・・」


 ピエトロ公も無言で大きく頷いている。


 「ッ!ピエトロ公、貴方まで!

 それが始まりの五家に連なる者の共通の価値観なのですね。」


 「価値観ではなく、真理なのだよ、美しきドルチェよ。」


 公皇猊下も優しくオリヴィエを導く。


 「我等始まりの五家を神託によって、この地に導き建国を命ぜられたメルクリウス神の玉体も神々しく、それは見事な筋肉であらせられる。

 ドルチェ・オリヴィエもいずれこの猊座の間で目にする事となろう。我が次代の公皇公選の折りにな。」


 オリヴィエは、公皇猊下に深々と頭を下げて謝意を表した。


 「ご教授かたじけのうございます。」


 そして、顔をクリテリオの資格者達に向け、強い意志を込めて語った。


 「話を元に戻します。件の旅人ですが、私に考えがございます。どうか私にお任せください。きっと祖国にとって最良の結果を得て見せましょう。

 ですから、どうか皆様の監視の手をお引きください。」


 これで彼の若者の件は、オリヴィエの手に委ねられた。

 我が大胸筋もこの裁定に喜んでおるわ!

 

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