第45話 貴族の血
□□□ ザキール・フォン・ナグルト伯爵
な、な、何なのだ!これは一体どういう事なのだ!
三千以上集結した本隊が、あっと言う間に壊滅してしまった。
本隊が布陣した丘は、本陣の周り全てが兵の死体で埋め尽くされ、この世の地獄を思わせる様相を見せている!
これが現実だとでも言うのか――!
「伯爵様ー!お下知をー!」「助けてください!」「し、死にたくないー!」
私の周りに残っている二百人程の司令部将兵は、皆この一方的な虐殺に怯え、混乱し、勝手な事ばかりほざいておる!
「ポルトマス司令!意見を述べよ!」私は、我が領軍指令に意見を求めた。
「伯爵様!既に全軍の四割が戦闘不能です!虎の子の竜騎士も歯が立たず、四騎が撃墜されました。スカ―達も全滅。
こ、ここに万策尽きましてございます。
最早、ナグルトの街に撤退する事を具申します!」
私の信頼するこの実直な男が、顔面を蒼白にして歯を食いしばりながら撤退を進言してきたのだ。
「分かった!撤退する!誰か馬をこれへ!」
「父上!」長男のブラバスと三男のザウルが側近を連れて近づいてくる。ザウルは下僕に支えられながら歩み寄る。
「父上とザウルは急ぎ退却ください!私が殿を引き受けます!」ブラバスが私の身を案じ、決死の思いで殿を買って出た。
「なりません!御曹司!御曹司には生きて伯爵様を支えてもらわねばなりません!
殿こそは小官の役目!
私にはここで死んでいった兵達への責任がございます!
伯爵様と御曹司はどうかお急ぎください!」
「すまぬ、ポルトマス!そちの忠義、しかとこの胸に刻んだぞ!」
その時、兵達が絶叫をあげた。
「鉄馬車だ――!鉄馬車がこっちへ突っ込んで来るぞ――!!」
斜面に倒れた幾百の死体を乗り越えて、恐ろしき鉄馬車が突進して来る!
◇◇◇◇◇
「マスター。前方400メートルに目標確認。逃走準備をしているようです。」ベルちゃんが目標の情報を伝えてくる。
俺は銃架から96式40mm自動てき弾銃を収納し、20式小銃を構えて銃座に立っていた。
左の車長席には
「サーシャ!目標は逃走準備に入っている。馬を見つけたら、御者を優先的に倒して馬を逃がせ!
馬に騎乗した敵は、一人も逃がすな!殲滅しろ!」
俺はサーシャにそう命じながら、
「ダダダダダダ・・・!」「ダダ・・・ダダダ・・・ダダダ・・・」
サーシャは命令通り、馬の手綱を引いた御者や、馬に騎乗している兵を優先して仕留めた。
「ワ――――!」「ギャ―――!」「た、助けてー!」
クーガーの前の兵たちが、我先にとクーガーの進路から逃れ、クーガーの前に広い道が通った!
そして、その先に俺の目指す目標がいた!
エリクシアは目標の手前30メートルでクーガーを停車した。
クーガーが止まると、兵たちは皆蜘蛛の子を散らすように必死で逃げ出して行く。
そして、最後には目標とその取り巻き二十名しか残ってはいなかった。
「よお~伯爵!どちらへ行かれるのかな?」俺は銃座からクーガーの前部装甲板に飛び乗り、ナグルト伯爵へ侮辱を込めて話しかけた。
サーシャは同じく車長席からクーガーの装甲板に飛び乗って、膝撃ちの姿勢で後方を警戒している。
エリクシアも運転席のハッチを開け、20式を構えて前方の敵の動きを牽制している。
「ぶ、無礼者めー!伯爵様を見下ろしたまま口を利くとは何事だ!そこから降りてきて、そして跪け!」副官風の高そうな鎧を付けたちょび髭男が喚きたてた。
「ダン!」エリクシアがヘッドショットでその男を沈黙させた。
「ひ、ひ~!」お、派手男じゃないか!ヤツの顔に血が付着して、情けない悲鳴を上げている。
「礼儀を知らぬ蛮族めっ!私がザキール・フォン・ナグルト伯爵である!
何故これほど多くの罪もない兵達の命を、こうも簡単に奪えるのだ!このキチガイめ!
貴様には良心の欠片もないのか!この悪魔めが!」
「へえ、罪もない兵士と言ったけど、なら、
何故、罪もない流浪の民に暴力を振るって追い出そうとした?
何故、罪もない流浪の民の子供達を誘拐した?
何故、街から逃げようとする俺達に門衛の衛士達をけしかけた!
何故だ!伯爵!答えろー!」
「口を慎め!下賤な虫けらめが!
我こそはブラバス・ナグルト!ナグルト伯爵家の長男であり、次期ナグルト伯爵である!
貴様の様な無知蒙昧な賊めに、わが父の崇高な計略を語って聞かせたところで、理解など出来ようはずもないわ!
そこを降りて我が前に跪け!
そうすれば、我自らの手で苦しまぬよう首を刎ねて遣わす!」
胸に紋章が描かれた立派な鎧を着けた三十位の男が、ナグルト伯爵を庇うように前に出て吠え立てた。
右手を包帯でぐるぐる巻きにした派手男が、それを見て調子づきだした。
「そ、そうだ!この狂犬めが!
大人しくエリクシアをこちらに引き渡せ!
んっ!んーっ!よく見ればそこの獣人の雌も美しいではないか!
よし、そいつも僕等に差し出せ!
そうすれば、楽に殺してやる!」
「「
エリクシアとサーシャが声を揃えて剣呑な事を言った。まあ、気持ちは分かるよ。
俺は手で二人を制しながら尋ねた。
「エリクシアもサーシャも俺の妻だ!妻をお前に差し出すつもりはない!」俺は殺気をかみ殺しながら、一言一言ゆっくりと吐き出した!
「ひぃーひっひ!妻だとー!
なら、二人とも僕が犯してやるー!
お前に吹き飛ばされた右手の指が疼くんだ!夜中に無くなったはずの指が疼くんだよー!
だから、お前の妻たちの手足の指を全部切り落としてくれるわ!
そして、お前の妻たちをさんざん犯しつくした後、裸にひん剥いて広場に曝してやる!スラムの男達の玩具にしながらなー!
それでも僕の気持ちは晴れんぞ!
貴様は僕の指を吹き飛ばし、この高貴な血を掃き溜めに流させたのだからな!
生まれたことを後悔させてやるー!僕はな・・・」
「ギャーギャーウルセエ!それじゃお前の言う高貴な血ってものを見せてみろ!」「ダンダン!」俺はSFP9を抜き、素早く派手男の両足を撃ち抜き、派手男は口から泡を吹きながら地面をのたうち回っている。
「なんだ、同じ赤い血じゃないか。お貴族様は青い血が流れてるんじゃなかったのか?俺達とどこが違うってんだ?」
「ザウル!おのれ!この狂犬が!」派手男の兄貴が叫ぶ。
「貴様に理解するだけの頭があるとは思えんが、良いか痴れ者!我等貴族は生まれた時から民を支配する事が許され、そして高貴な義務によって民草を導いているのだ!
貴様にも分かるように例えるなら、牛や豚や羊は飼い主が保護を与えるから生きていられるのだ!だから家畜を生かすも殺すも飼い主の権利であって、家畜が口出しできるものではない!
聞け!畏くも初代国王陛下は建国の折に王権を神授し、神よりこの国の民草を治める権利を賜ったのだ!
しかるに我々貴族は、その国王陛下より自らの領地を治める権利を授かったのだ!
つまり我々貴族が領地の民草を治める権利は神授の権利なのである!
故に我々貴族が、民草を生かそうと殺そうと、それは神に与えられた権利なのである!!!」
長男が口から泡を飛ばしながらご高説を垂れ流した。
「ほう、生かすも殺すも神授の権利ねぇ。なら聞いてみようか?
地母神アフロディーテ様!そこんとこどうなのよ!本当にそんな事認めたのー?」俺は天に向かって叫んだ!
「もう!忙しいんだから、邪魔をしないで!トーマ君!」アーちゃん様の不機嫌そうな声が、圧倒的神威を纏ってこの丘全体を震わせた。今回は『SOUND ONLY』仕様なのね・・。
「この国の興国に私達神は係ってないわよ。
随分と身勝手で傲慢な物言いだったけど、私達神は命の一つ一つを等しく尊重し慈しんでいるの。だから一方的にそれを刈り取る権利なんて絶対に認めないわ!
自分の虚栄の為に、他の生命を貶めないで頂戴!
もう不愉快だったら、ありゃしない!
これで良いかしら?トーマ君!
このお礼は・・・分かってるわよね?ねー?」
本気でアーちゃん様怒っていらしたな。すごく遠雷が鳴ってたからな・・。大丈夫か?天災なんて起こってないよな?
俺は新作ファミマスイーツ、濃厚メルティショコラをお供えして、アーちゃん様に感謝を捧げた。アーちゃん教の重要儀式だな。もうこれ。
アーちゃん様直々に論破された長男は、顔面を蒼白にしてガクガクと震えながら膝を着いた。
「さて、茶番はこれで終わりだな。ナグルト伯爵、いやザキール!
覚悟は出来ただろうな?」俺は冷たい殺意を込めて、伯爵を睨んだ。
「まっ、まて!トーマとやら。何か誤解があったようだ。そ、そう誤解なのだ!
この度の一件は、私の、そうナグルト領主である私の名に於いて、そなたの罪を不問に付そう。
そ、そしてどうだ?私に仕えぬか?男爵の地位を与えようではないか!そして街に館を・・・」「ダンダン!」俺はザキールの足を撃ち抜き、跪かせた。
「下らねえことを言ってんじゃねえ!お前のその下らない動機のせいで、一体どれ程の命が失われたと思うんだ!俺達に一体どれ程の血を流させたんだ!」
伯爵は脂汗を流しながら、茫然と丘を見渡した。
「お前達貴族が、その地位と権力を振りかざして、無辜の民を貶めるのなら、俺はそれ以上の絶対的な力でお前たちに立ち向かう!
覚えておけ、俺はお前達理不尽を為す者共の天敵だ!
お前のその罪を背負って、死ね!」「ダン」「ダン」「ダン」
俺が引き金を引くのと合わせて、二つの銃声が響いた。
ザキールと一緒に、長男のブラバスと三男のザウルが頭を吹飛ばされて、兵達が踏み荒らして泥だらけになった地面に顔を埋めて死んだ。
サーシャとエリクシアが思いつめた表情をしながら、俺を見つめている。
全くできた嫁達だよ。罪は俺一人だけで背負うつもりだったのに・・・。
「さあ、皆!ここを離れよう!」
俺は二人を抱き寄せ、ギュッと抱きしめて命令した。
「西に向けて、出発ー!」
俺達を載せた
――― 1章 了 ―――
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