第37話 オーガの誇り

 俺達は楽しかった水浴びを終えて、出発の準備をした。

 泉から上がり、バスタオルで体を拭いていると、エリクシアが甲斐甲斐しく俺を手伝ってくれる。なんかすごく嬉しい!

 俺がニタニタしてると、サーシャがむくれて「ムー!」と言って、自分のバスタオルを俺に渡して来た。仕方ないので、俺がサーシャの体を拭いてやった。ゴシゴシ拭いてやったら「愛が足りません!」とプンプンしてた。


 そして、俺達はいつものフルグラとファミチキの朝食を取って、泉のキャンプ地を後にした。

 この泉には、忘れられない思い出が出来たな。

 前世では、病院での生活しか知らなかった自分に、驚くような体験が、いや冒険が積み重なっていく。サーシャやエリクシアとの大事な思い出と共に。


 泉を離れ、再び森の深層に足を踏み入れると、懐かしの敵意に包まれた。自然と笑みが浮かんでしまう!なに、もうずくさ。楽しみに待ってな!


 俺達は、厳重に警戒しつつ前進し続けた。


―――――


 森の敵意がだんだんと濃くなる、サーシャの肌には既に鳥肌が立っている。

 俺はサーシャと前衛を代わって、前進を続けた。すると、前方に大きな影が十二、鬼火の様にボッと現れた!


 突然現れたそれは、森の敵意がそのまま実体化ように感じられる!

 その黒い影達は巨木の間の何もない空間から現れ、人の形をかたどった!


 「ベルちゃん!サーシャ!」俺は一番探知能力に優れた二人に尋ねた。二人の警戒を免れるなんて、あり得ない!


 「トーマ様、ごめんなさい。全く気付けませんでした!」とサーシャが謝る。


 「マスター。五秒前までは確実に存在していませんでした。アカシックレコードの記録もベルの索敵ログを裏付けています。五秒前まで存在していなかったソレが、現在確実に存在しているのです。

 転移魔法を使われた形跡もありません・・・。論理的にあり得ません・・・非論理です・・・・」


 ベルちゃんがバグってしまったようだ。

 存在しない敵が、存在する・・・。方法なんて関係ない、敵なら排除するまでだ。


 「ベルちゃん、しっかりしろ!敵は何だ?特定できるか?」俺はベルちゃんの気を静める為、キツ目の口調でベルちゃんに尋ねた。

 

 「マスター、申し訳ありません。

 敵はハイオーガです。ただ、普通のハイオーガとは明らかに違います。また、敵が体に纏っている黒い霧のようなものも不明です。解析できません!えっ、何でー!」


 「ベル!しっかりしろ!未知のものを体験する!それこそが人の生だ!お前は何の為に受肉したんだー!」俺はベルちゃんを怒鳴りつけた。

 

 「未知を受け入れろ!そして常に探究し続けろ!それが本当の知恵だ!

 だから未知から目を背けるな!未知を恐れるな!ベルー!」


 「イエス、マイマスター!」ベルちゃんは青ざめた顔を上げ、闇のハイオーガを見極めようとハイオーガを睨みつけた。


 「サーシャ、エリクシア!戦闘用意ー!」俺はそう叫んで二人に活を入れる。


 「エリクシアはMINIMIに換装!合図を待て!サーシャ、撃ち方、始め!」


 俺とサーシャは20式の5.56x45mm NATO弾とP90キューちゃんの5.7x28mm弾をフルートでそれぞれ正面の二体に斉射した。

 しかし、ハイオーガの纏った黒い霧に阻まれ、威力が減衰した様で、ハイオーガに傷をつける事が叶わなかった。


 「それなら!」


 「ポン!」俺はベレッタGLX160の40x46mmグレネード弾を発射した。


 「ドーン!」爆炎が上がる。


 「サーシャ!エリクシア!撃ち方ー!初め!」


 俺もグレネードの上げた土煙の中に20式の5.56x45mm NATO弾をフルオートで叩き込んだ!


 「ダダダダダダ・・・!」「タタタタタタ・・・!」「ダダダダダだ・・・!」


 「撃ち方ー!止め!」土煙が収まり、ハイオーガが姿を現す。ハイオーガにダメージが通った!

 ハイオーガの黒い霧は吹き飛ばされ、奴は体中銃創だらけになっている。しかしハイオーガは血まみれになっても這って近づこうと藻掻いている。


 他のハイオーガ達は仲間が倒れても微動だにしない。ただ、幽鬼の如くそこに立ち尽くすばかりだ。

 いずれにせよ、チャンスだ!


 「サーシャ!MINIMIに換装しろ!エリクシア!左隣を狙う!グレネード弾の起爆後、斉射しろ!」


 それからは一方的だった。攻略法の分かったゲームの様なものである。

 俺達にとって、唯一脅威となったものは、ハイオーガ纏うあの黒い霧だけであった。それでさえ、グレネードの爆風で吹き飛ばせると分かったら、最早それまでである。

 しかも、奴らは何故か倒されるまで近づいてこないのだ。


 そして、ハイオーガが残り一匹となった時、ハイオーガが突然己の胸に自分の右手を付き刺し、その胸から自分の心臓を引きずり出した!

 ハイオーガが心臓を取り出すと同時に、それまで纏っていた黒い霧が霧散した!


 「ウオ――――!」ハイオーガが咆哮を上げながら、突進して来た。


 「二人とも、奴は俺が仕留める!」俺はそう二人に告げて、20式を構えた。スコープを覗いて奴の額に照準を合せ、そして引き金を引いた。


 「ダン!・・・・・」


 ハイオーガはゆっくりと膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。


 [ハイオーガを討伐しました。功績ポイントを3,000ポイント獲得しました。功績ポイント:3,007 →6,007 ポイント]

 

 「マスター!今のハイオーガの行動により、本件の謎が解明されました。

 ハイオーガ達には黒竜ヴァリトラの呪いがその心臓に撃ち込まれておりました。

 ハイオーガ達がマスターと戦う力を身につける為、自ら望んで掛けられた呪いです。

 呪いの本質は黒竜ヴァリトラの狂気。黒竜の魂を汚し、その理性を消失させた瘴気の真髄です。

 黒竜ヴァリトラは己の瘴気を呪いとしてハイオーガの心臓に打ち込む事で、黒竜の瘴気をハイオーガに纏う力を分け与えました。

 マスター達の銃弾の運動エネルギーを奪ったのは、黒竜ヴァリトラの瘴気です。」


 「でも何故ハイオーガ達はその様な暴挙に及んだのでしょう?」とエリクシアが尋ねた。

 エリクシア、俺にはなんとなく奴らのその動機が察っせられたよ。

 

 「それは全て主人の仇を討つ為です。彼らは元々レッドオーガ・ブザンの家来でした。主人であるレッドオーガ・ブザンを討ったマスターに一矢を報いたい、その一心で敵でもある黒竜に乞い願って、マスターに立ち向かえるだけの力を授けてもらったのです。

 でも、元々三十四体いたハイオーガは、黒竜ヴァリトラの呪いを心臓に打ち込まれると、ここに来ることが出来た十二体を除き、皆呪いに耐えられず命を落として黒竜ヴァリトラに食われております。」


 「でも、そうまでして得た力なのに、どうして私たちに一歩も攻撃して来れなかったの?何か苦しんでいたようにも見えたのですが・・・。」サーシャがそうベルちゃんに尋ねた。


 「それは、その十二体のハイオーガですら、黒竜ヴァリトラの瘴気に耐えられなかったからです。

 そもそも黒竜ヴァリトラの魂でさえ汚してしまうほどの瘴気を、黒竜よりもずっと魂の階梯が低いハイオーガが耐えられるはずがありません。

 今にして思えば、立っていた事ですら奇跡の様なものです。

 そして最後の一体はその事を悟り、黒竜ヴァリトラの呪いから解放され、身体の自由を取り戻すために、黒竜ヴァリトラの呪いの核である自らの心臓を取り出し、今際の際にマスターに立ち向かったのです。」


 「ああ、俺も最後の奴にはハイオーガの覚悟を感じたよ。見事な武士もののふの散り際だった。」そう俺はみんなに語った。


 「それよりも、マスター。現在黒竜ヴァリトラは魂を損傷し苦しんでいます。

 最後のハイオーガが黒竜ヴァリトラの呪いを打ち破ったことにより、呪いと瘴気が黒竜の魂に直接バックフローし、黒竜ヴァリトラの魂に重大な損傷を与えました。

 ですから、黒竜ヴァリトラを叩くなら今です!マスター!」


 ベルちゃんが両手をブンブン振り回しながら訴えてくる。


 「サーシャ?」俺はサーシャのブルーダイヤの瞳を見つめながら尋ねた。


 「行きましょう!トーマ様!」サーシャは笑顔でそう答えた。


 「エリクシア?」俺はエリクシアの腰に手を回しながらそう尋ねた。


 「事の当否は既に運命の女神フォルトゥーナ様に委ねてあります。わたくしはただ、旦那様と共に在るのみ!」俺の胸に両手を当てて、アメジストの瞳で俺を見つめている。

 

 俺はエリクシアにそっとキスをしてから、サーシャも抱きしめて宣言した。


 「これより黒竜ヴァリトラを討伐して、俺達の明日をこの手に掴む!」


 サーシャの尻尾がパタパタ俺のお尻を叩くんだけど、ステイ!サーシャ、ステイだ!

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