第53話 宿敵レグルスは卑怯なヤツでした

『あー、失敗か。そのまま絶望のうちに殺してやろうと思ったのに。それなら、こっちを使おうか』


 レグルスは次の瞬間には人型になっていた。薄茶の瞳に赤毛の髪がなびいている。幼なじみの姿をした魔獣は、ニヤリと笑っていた。


「ミリオン……!」


 そうか……収容所から消えたのはレグルスに取り込まれていたんだな。それなら、他のヤツらも同じか……。ちゃんと罪を償ってくれれば、それでよかったのに……何で————


 たしかに色々とやられたし、投獄されて当然だと思う。でも、こんな結末を望んだわけじゃない。鉛のような重たいものが、胸の中に沈んでいく。


「……カイト、助けてくれよ! 幼なじみだろ! なぁ!」


『カイト、あれは全くの別物だぞ』


「うん、リュカオン……わかってるよ。もうアイツの匂いもしない」


 そうだ、同じなのは見た目だけでミリオンの匂いすら残っていない。それにレグルスは、ミリオンがオレに何をしたのか理解していない。


「カイト……! チッ、仕方ねぇなぁ。ほら、お前はこっちに来い!!」


 そう言って手のひらから黒い炎の龍を出して、リナを絡め取っていった。


「いやっ! 離して! 離せっ!!」


 リナが抜け出そうと暴れるが、黒い炎は絡みついたまま離れなかった。ジワジワとリナの身体を焼き焦がしていく。オレはそっと雷神を構えた。


「レグルス……リナを離せ」


「ははは! これで僕に手を出せないよ! どうする?」


「もうお前には惑わされない」


「だから何な————え?」


 レグルスにはリュカオンの、カイトの動きが見えなかった。目の前からフッと消えたのだ。


 そして突然、視線が低くなる。膝から下がなくなっていた。刃物で切られたようにすっぱりとなくなっている。

 女を捕まえていたはずの右手も、肘から先がなくなっていた。


『何!?』


 驚きでもとの九尾の魔獣の姿に戻ってしまっていた。

 すぐに魔力で回復するが、回復したそばから腕や足や尻尾を切り取られていく。切り取られた手足や尻尾は黒い炎になって消えていった。


 距離を取ろうにも、足を元に戻したそばから切られるので動くこともできない。魔力を使おうにも、切られた手足や尻尾を回復しなければ使えない。ただ、切られては回復するのを繰り返していた。


 いつまで続くのかわからない拷問のような時間と、絶え間ない痛みにレグルスは発狂する。


『ヴアアアア————!!!!』


青い雷龍ブルー・ラグロス


 カイトから放たれた青い龍は一瞬でレグルスに巻きついた。もう手足を切り取るのは止んだようだ。


『くそっ! こんなのはすぐ……』


 レグルスが左手から黒い炎を放つと、それは青い龍が取り込んで黒い龍へと変化していった。

 

『何だ!? 黒炎が吸いこまれてるのか!?』


完全融合オール・フュージョン


『融合魔法!? そんなもので僕の黒炎が!?』


「オレの大切なものを奪うヤツは容赦しない。お前はその元凶だ。オレが殺す」


 王者の覇気がカイトからあふれ出て、レグルスは真正面から受け止めた。レグルスも王者の覇気を使えるはずなのに、重厚感がまるで違う。重く呼吸すらままならない覇気に、冷汗が流れおちた。


『くっ!』


 レグルスを縛り付けている雷龍は、黒い炎を飲みこんで元の色などわからないほど漆黒に染まっていた。

 ————これで最後だ。




青雷の鉄鎚オーバー・キル




 黒龍となった雷龍ごと、青い稲妻がレグルスを飲み込んでいく。


『バカな……! バカな!! 僕が人……げ、んごときに……』



 レグルスは塵も残さず消え去った。




 ついに魔獣王が消滅した。このあと魔獣たちがどうなるのかは誰もわからない。

 

 カイトとリュカオンは目的を果たしたのだ。でも、それと引き換えに、大切な存在を失ってしまった。ウラノスの明るくて楽しそうに笑う笑顔が、もう見られない。


「ウラノス……ごめん。オレの心が弱かったから————」



 灰になったウラノスをぎゅっと握りしめる。

 そしてリナを回復しなければと、振り返った時だった。手のひらに握りしめた灰が熱を持ち始める。熱いと思って手のひらを開いてみると、灰から小さな赤い炎が燃え上がった。


 やがて炎は大きくなり、そこら中に散らばったウラノスの灰からも炎が巻き起こる。それはひとつに集まり、空中で不死鳥の姿を形取っていった。



 いままでのウラノスよりも一回り大きくなった不死鳥が、ゆっくりと紅い瞳を開ける。



「カイトさん、レグルスを倒したんですね! さすがです! あっ! リナさんが大変! いま回復します!」



 何事もなかったかのように、ウラノスは回復魔法を使ってリナを全開させていた。カイトは目の前の出来事に、ついて行けていない。


「ウラノス……だよな?」


 いつかも同じセリフを言ったような気もするが、とにかく確認がしたかった。


「はい、そうですよ? え!? リナさん、どうしたんですか!? あれ? 治したけど、まだ、痛みますか?」


「ちがっ……ウラノス……ウラノス!!」


 全快したリナはウラノスの姿を見て、ボロボロと涙をこぼしている。ウラノスの首に抱きついて、その存在を確かめているようだった。


「いや……てっきりレグルスにやられたと思って……たんだけど」


「ああ!! なるほど……すみません。あの時は説明するヒマがなくて……これは、脱皮みたいなものです」


 うん、たしかに説明するヒマはなかったな。ていうか、脱皮ってなに。


「私たち不死鳥は、成長のタイミングで一度燃えて灰になって、その灰からまた炎と共に生まれ変わるんです」


「……たしかにウラノスは燃えて灰になってた」


「あれって急に来るので、事前に察知できないんです。たまたまレグルスの攻撃を受ける直前に始まってしまって、伝えることもできなくて……心配かけてすみません」


 ウラノスが申し訳なさそうに、説明してくれる。

 つまりは、レグルスの攻撃を受けて殺されたんじゃなくて、たまたま不死鳥の成長するタイミングがきて燃えただけっていうことか?

 そっか……いや、ウラノスが無事でよかったけど、なんつータイミングだよってツッコミはさせてくれ。


「もう、ウラノスがいなくなっちゃったと思って、すっごい悲しかったんだからね!」


「はい、実は不死鳥の脱皮がもう少し遅かったら、普通に殺されてました。いやー、ギリギリでした!」


 リナが泣きながら怒ってる。そんな顔も可愛いんだよな。そして、ウラノスの特殊スキル幸運の女神が、こんなところでも役に立っていた。運って大事だよな。


『カイト、レグルスの作った魔獣どもはどうする? あの者たちなら問題はないと思うが……』


 オレがリナに夢中になってると、リュカオンが現実に引き戻してくれた。


「そうだな、ウラノス。連れていってくれるか?」


 匂いはわかってる。2種類の腐敗臭がレグルスの言ってた魔獣だろう。匂いからして、相当な量の命を奪ってるはずだ。


「はい! もちろんです! 無事に成長できたので、魔力のコントロールもバッチリですよ!」


 あの弾けるような笑顔で、ウラノスはさらに大きくなった翼を広げる。そしてオレたちは隊長とクレイグの元へと急いだのだった。



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