2話 彼はそれを呑んだ

大学の食堂にあるいつもの席で

妹と話して盛り上がっている。


(これ……夢だな……)


郁人はすぐにわかった。

なぜなら、郁人にとって懐かしい

“思い出“だからだ。


夢、思い出の中、妹と打ち合わせを

していた。


『作るのは乙女ゲームよ!

でも、普通の乙女ゲームとは少し違うの!』

『どう違うんだ?』

『バトルも加えるのよ!

兄さん、アクションゲームがいいって

言ってたでしょ?

それに、攻略対象は全員悪!

残酷非道で人を人と思っていない奴ら!

で、攻略するにはまず攻略対象を

倒さないといけないの!

今までの乙女ゲームにはなさそう

じゃない?』

『たしかになさそうだ。攻略対象を

倒して改心させるみたいな感じか?』

『ちょっと違うわ。

ヒロインにだけ態度が変わるの!

例えば、イメージカラーが黒の奴は……』



ー「……パ……パパ!!」



郁人を呼ぶ声がした。


目を覚ますと、自室のベッドにいた。


ライラックが1人の時間もほしいでしょ?

と用意してくれた部屋だ。


屋根裏にあり、まるで秘密基地のようで

郁人は気に入っている。


(それにしても……懐かしい夢とか見たな。

何より1番の驚きの夢は自作キャラが

目の前に現れて、パパ呼びされる夢

だな……)

「パパ?」


ー 夢ではなかった。


ベッドのそばに腰掛け、こちらを

伺っているのは、郁人がデザインした

キャラクター“チイト”だ。


「ごめんね。パパに会えたのが

嬉しくて力を込めすぎた」


口を一文字に結び、こちらを見ている。


「パパ大丈夫?痛い?」

「痛くない。大丈夫だ。

その……本当にチイト……なんだよな?」

「そうだよ。パパ」


チイトは、はにかんだ笑みを見せる。


やはり、どこからどう見ても“チイト”だ。


髪型や体格、顔なども、やはり郁人が

デザインした通り。

イメージ通りの声にも驚きつつ、

郁人は感動に包まれる。


なんせ、自身が創ったキャラが動き、

目の前で話しているのだから。


(しかし、チイトは無表情がデフォルトで

こんな風に笑うタイプじゃなかった筈……)


「俺がこんな風に笑う事に

びっくりしているでしょ?」


心を見透かしたようなチイトの発言に

郁人はハッと息を飲む。


「パパの目を見たらわかるよ。

表情は出ないようになっているみたいだけど

俺にはわかる」


チイトはゆっくり微笑むと、手を伸ばし

郁人の頬に触れる。


「俺が笑うのもパパが目の前にいるから

だよ。パパにこうやって触れるなんて……

夢みたいだ」


チイトの泣きそうな顔。

表情もとい全身から喜びが伝わってくる。


「本当に夢みたいだな。俺もこうしてお前が

動いて話して、しかも触れるなんて……

思いもしなかったよ」


アニメ化という手もあるが、郁人が

動かす訳でもなく、チイトの意思で話して

動いている。本当に夢みたいな状況だ。


「改めて言うけど、俺は“チイト”。

イメージカラーは黒。

魔力があまりに膨大過ぎるためか、

魔術を使うのが苦手。

自身の魔力で作ったマントしか動かせない。

しかし、他の面や戦闘力はピカイチ。

性格は無慈悲で冷酷。

属性は闇。

好きなものは戦闘、掃除。

嫌いなのは雑魚とゴミ。

攻略するには相当時間がかかる」


チイトは郁人がイラストの横に書いていた

設定をスラスラ述べていく。


郁人は思わず口をポカンと開けた。


「そんなことまで知っているのか……」

「だって、あんな大雑把な指示から

パパが細かく設定とか考えて

卒業制作のゲームと合わせてくれたからね。

まあ、ここに来てから変わってるけど」

「ここに来てから……?」

「いつの間にかこの世界にいたんだ。

5年くらい前にはいたかな?

この世界、俺の知ってるのとは違うから

びっくりした」

「5年前……」


5年前という事は、チイトは郁人よりも

前に来た事になる。

そして、チイトの発言から、ここが郁人と

妹が考えた世界ではない事が確定した。

チイトがいる為、郁人は2人で作った

ゲームの世界かと、少し期待したが……


(ジークスや母さんを描いた覚えも

ないから当然か)


郁人が納得していると、チイトが尋ねる。


「パパはどうやってこの世界に来たの?

パパにこんな犬小屋みたいな所は

似合わないよ。もっといい場所があるから

そっちに行こ! うん! 絶対そのほうが

いい! こんな所にいるよりはずっと良い!

俺のオススメだから安心して暮らせる!

それにしても……表情豊かだったのに

どうしたの? どうして1年も前から来て

いたのに、俺に会いに来てくれなかったの?

どうして……」

「矢継ぎ早に言うな! それに犬小屋言うん

じゃない! 俺はここ気に入ってるから!

どうやってここに来たのかは知らない。

いつの間にかいた!

あと、表情が無いのはここに来てから!

俺は動かしているつもりだからな!」


チイトの怒涛の質問攻めに答えた為か、

郁人は体力をかなり消耗した気がする。

喉もすっかりカラカラだ。


「はい、パパ。お水」


チイトはマントからグラスに入れた

水を取り出す。


マントはチイトが言っていたように、

チイトの意思で自由に動かせる。

どうやら収納もできるようだ。


郁人は受け取り、思いの外冷たかった

水を飲み干す。


「チイトありがとう。

でも、なんで俺が1年前に来ていた事

知っているんだ?」

「気配でわかった。俺がパパの気配を

間違える筈がないからね。

パパを待っていたけど、一向に動く気配が

ないから迎えに来たんだ」


郁人が尋ねると、チイトは胸を張りながら

答えた。


「チイトは近くにいたからわかったのか?」

「ううん。すごい遠くにいた。

正確に言うと、あそこから来たんだ」


首を横に振ったチイトは窓から見える、

ある場所を指差した。


「え………?」


指差した方向に視線を向け、

場所がわかった郁人の体がこわばる。


あの場所に関して、ライラックや

ジークスから聞いた事があるからだ。


「“死の渓谷“から来たのか……?!

足を踏み入れたら最後……!!

二度と戻れないと噂の?!」

「そう呼ばれていたんだね。

でも、パパが聞いているような場所じゃ

ないよ。住みやすいし、オススメ」


いたずらっぽい笑みを浮かべるチイト。


チイトは住みやすいと言うが、

そんな場所であるわけがない。


死の渓谷に行く際には、準備万全で

凄腕の冒険者が数十人行ってなんとか

安全に行くことができる大変危険な場所

なのだから。


「それにこういった人が多い場所は

いろいろと鬱陶うっとうしいんだ。

特に女が鬱陶しくて仕方ない。

人を見てキャーキャー喚いて耳障りだ。

しかも、後をつけてくるからストーカーも

いいところだよ。あそこに住んだら

無くなったけど」

「お前……かっこいいからな……」


郁人と妹が作ったゲームのジャンルは

妹の凄い圧により“乙女ゲーム”だ。


少し変わった設定を付け加えているが、

このジャンルになったため、誰もが認める

イケメンを描くことに苦労したのを郁人は

覚えている。


頑張ってイケメンに描いたのだから

モテなくては困るぐらいだ。


(ストーカー被害に遭っていたのは

申し訳ないけど……)


謝罪の気持ちを込めつつ、チイトの

頭を撫でる。


(チクチクしてそうだと思ったが、

意外とふわふわだな)


チイトは突然撫でられて目を丸くした。

次第に顔を輝かせ、爪先つまさきを上下に弾ませる。


「パパも狙われるかもしれないし、

あそこに住もう!」

「いや。俺は狙われたりとかしないから」


チイトみたいなイケメンでなければ、

ジークスのような美丈夫でもない。


そう言った心配は無用だと郁人は確信する。


(なんだろう……自分で言っていて

悲しくなってきた……)


ー「男達に狙われているのに?

パパのいう“お母さん”が欲しい奴らにさ」


チイトがスッと目を細めた。


先程までの空気が一変し、重いものへ

変わって行く。


「パパ、いつもいじめられてるでしょ?

足かけられたり、罵詈雑言を浴びせられ

たりさ。それに……」


撫でていた郁人の腕をチイトが掴むと、

服の裾をまくり上げた。


「あっ……」


郁人は顔をうつむかせる。


「このあざは何?」

「その、これは……ぶつかってだな……」

「くっきり指の形が残っているよ。

他にも見えないところにもいっぱい

あるよね……お腹とか特にさ。

わざと大きい服着てるのも、いじめられた

ときに出来た傷を隠す為?

それに結構な力で握りしめてるの知ってた?

何も反応しないし……痛覚かなり鈍く

なってるよね?

だから、自分が怪我して他が助かれば

いいと思った訳?」


郁人は言葉が見つからない、呼吸が苦しい。


なぜそのことを知っている?

なんで痣のこともわかった?

痣とかのことは誰も知らないはずだ。

ジークスは勿論、ライラックにも

誰にも教えていないのだから。


こちらに来てから郁人の痛覚はほとんど

無い為、殴られても蹴られても

構わなかった。


自身が耐えればいいだけだと思って

いたから。


この事実を知ってしまえばジークスは

心配するだろうし、ライラックは自分の

せいだと嘆いてしまう。


そんな思いをさせたくないから、

ずっと黙っていたのだ。


(なのに……どうしてチイトが……⁉)


頭がぐるぐる回る郁人にチイトは口を開く。


「パパは他人のことばかりで、自分を

大切にしようとしないよね。それも1種の

優しさなのかもしれないけど……」


優しい口調だが不穏なものを感じて顔を

上げると、思いの外近くにチイトの顔が

あった。


チイトは郁人の瞳を覗き込む。

体が動かない。




ー「そんなの絶対に許せる訳がないだろ」




怖いほど澄んだ緋色の双眸がそこにあった。


緋色の瞳を歪ませながら、じっと見つめて

離さない。


「だから、俺がしといたよ」

「へ?」


場違いなほどの無邪気な声色が室内に響く。


「しといたよって……」


声色に不吉なものを感じた郁人は背筋が

ぞわりと粟立つ。


「見ててね」


チイトが無邪気に指で四角を描くと、

そこには別の景色が映っていた。


「これ……魔術だよな……?!

マント以外使えないはずじゃ?!」


息を呑む郁人にチイトは告げる。


「俺がここに来て5年経つからね。

それに言ったでしょ?

“ここに来てから変わった"って。

あと、これは“魔法”だよ。

他の連中が使っている"魔術"とは違う」


チイトは簡単に述べているが、魔法は

魔術とは桁違いのものであり、扱える者は

極1部だ。


魔術を使うには自身の魔力を用いた魔道具や

魔力を込めた媒体が必要になる。


もしくは体に"刻印"もとい"魔力の回路"

を利き手に刻んでいなければならない。


自身の体に用いるなら不要だが、それ以外と

なると必ず上記に挙げたものが必要不可欠

なのだ。


例えば、ここに電球があるとする。

コンセントを術者、電気をつける電力を

魔力、魔道具や刻印は電球とコンセントを

つなぐコードだ。


魔術はコードを使わなければ電気をつける

ことができないが、コード無しでも電気を

つける事が可能なのが魔法である。


なぜなら……"自身の魔力や大気中の魔力"

を媒体にしているからだ。


ゆえに道具は不要であり、使える者は皆、

国に仕える役職が約束される。


そんな特別な代物が"魔法"なのだ。


それをチイトはいとも容易く行使していく。


「信じられないかもしれないけど本当だよ。

ほら、魔術は道具とか刻印を使わないと

できないけど、魔法はこうやって道具とか

無くてもできるからね。

そんなことより……見て見て、これ!」


ウキウキとしたチイトに促され、

郁人は景色、スクリーンを見てみる。


「嘘だろ……?!」


彼をいじめて来た者達の姿が

鮮明にスクリーンに映っていた。



はりつけにされた姿で



よく見ると、先程の客の姿もあり、

全員が一様に泣き叫び、必死に許しを

乞いている。


「鼻水まで垂らして無様だよね。

漏らしてる奴もいるし、本当に笑える」

「チイト……!」

「パパを傷つける奴はみんな大嫌いだ。

俺が許さない。


ー徹底的に排除する」


チイトが指を鳴らすと映像が変化し始めた。


「なんで……?!」


周囲に魔物が現れたのだ。

それもかなり上級の魔物だ。


(前にジークスが本で見せてくれたから

わかる。この魔物達は凄腕冒険者が挑んで

死んでもおかしくないと言われている

魔物だ……!)


血の気が引く郁人を他所に、チイトは

感情のない瞳でスクリーンを見つめる。


「本当は俺の手でしたかったけど……

すぐ壊れちゃうから。

こいつらがいるのは魔物出現エリア。

どう猛な奴が多く、しかも腹を空かせて

いる。だから……

とっっても楽しいショーが見られるよ」


そう言って口元を歪めるチイトの姿は、

“冷酷”の1言に尽きる。


「でも……少し足りないな。もっと魔物を

呼ぶか」


指先で術式を描いていくと


『ああああああああああああああ!!!』


1人の男がはりつけから出た杭によって

脇腹から血を吹き出した。

匂いに誘われ魔物がどんどん増えていく。


「やはり、魔物をおびき寄せるには血が

必要か。そのためには……そうだな。

足元から刻んでいこう。

でも……すぐくたばるかもしれないな。

別に1人ぐらいはいいか。

確実に殺らないと気が済まない」


惨状を見ているにも関わらず、

チイトは淡々と術式を描いていく。


緋色の瞳には感情が乗っておらず、

人を人とも思っていない事実を

まざまざと見せつけられた。


(たしかに、いじめられて腹が立ったけど

このままではダメだ……!!)


郁人はチイトに訴える。


「チイトやめてくれ……!!」

「なんで? こいつらはパパをいじめ

たんだよ。だったら当然の結果だ」

「俺はこんなことを望まない!

それに、こういった形とかじゃなくて、

俺なりにやられた分はきっちり

後始末つけるつもりだったんだ!

だから……!!」

「それ……本当?」


郁人の言葉にチイトの動きが止まる。


「こうやってな」


郁人はポケットにしまっていた、

ペン型の魔道具を出した。


「俺の身の回りのある出来事を自動で

記録する魔道具。憲兵の友達から使える

状態にしてもらって借りていたんだ」

「ある出来事って……」

「俺がいじめられていた時のことだ。

だから……お願い。やめてほしい」


チイトのマントを掴み、郁人は懇願する。


「……………………………」


無言の時間がしばらく流れると、

深いため息が聞こえた。


「……わかった。もうこれ以上はしない」


描いていた術式は完全に消えた。

けれど、まだはりつけにされたままだ。


「チイト、はりつけがまだ……」

「こいつらを解放するにはね、

条件があるんだ」


チイトは片眉を上げて微笑む。


「条件って……?」

「それはね」


郁人が尋ねると、チイトはその条件を

口にした。



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