息をするように死んでくれ

本条凛子

息をするように死んでくれ

 それなりに交流のあった伯母の火葬が済んで今、墓へと向かっている。バスに揺られ、私はぼんやりと伯母の骨を思い出した。

 白くて脆かった。

 細い箸で摘んで小さな壺に入れる淡々とした作業に命の終わりがこれかと拍子抜けしたものだ。


 焼かれる寸前まで伯母の瞼は動かなかった。

 ああ、死んだのだ。と思って一拍思い直す。

 いいや。伯母はとっくの昔に死んでいたのだ。


 一年前くらいからおむつの匂いがした小さな個室のベッドで伯母は生かされていた。会うたびに皮膚の皺が濃くなって、増えて、枯れていく。

 そんな伯母に従兄弟の嫁は穏やかに子どもたちに決まって言うのだ。


「おばあちゃんに挨拶してあげなさい」

「きっと喜ぶから」


 果たしてそうなのだろうか。私は疑問で仕方なかった。


 おばあちゃん、来たよ。無邪気な子どもが言う。

 虚ろになりかけた細い目がゆっくり動いて、また盛りの過ぎた紫陽花のような首がゆっくり傾いて、私たちを見る。

 掠れた声が干からびた口から出るたびに、苦悶を感じた。


 やはり生かされているのだ。




 バスが伯母の墓になる場所に辿り着いた時、雲一つない空が私たちを焼く。

 綺麗な日に納骨されて幸せな人だ。

 目眩がした。



 息子三人を産んだ伯母。

 料理が得意だった伯母。

 末の嫁である姉が辛い時に助けに来てくれた伯母。

 長男一家の隣に住んでた伯母。

 長男の嫁を最期まで悩ませた伯母。


 子が発達障害だと知って悩む姉に「援助はしませんからね」と冷たく言い放った伯母。



 それでもあなたは伯母だから。

 私は優しいから、ずっと思ってました。



 息をするように死んでくれって。

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息をするように死んでくれ 本条凛子 @honzyo-1201

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