第124話

 洞窟を出て、斗真と仁内は見張りだった山城の男の待つ小屋に向かって歩いていた。

 手に入れた三日鷺の欠片は、仁内の左手の甲に埋め込まれたまま、今は静かに輝きを眠らせている。


 「仁内、左手の様子はどうだ? 痛むか?」

 「いや全然、何ともねぇよ。それより――」


 斗真の言葉にすんなり答えるものの、仁内の注意は別に向く。

 斗真も分かっている。

 視線は腕に抱きかかえられているものへと動いた。


 「そいつ、どうすんだよ?」


 未だ意識が戻らず瞼を閉じままの朱飛を睨みながら、仁内は訊ねる。

 洞窟の罠に嵌まり、欠片の回収に失敗した彼女。

 命こそ無事であるが、意識は暗闇に落ちたままなのだろうか?


 「洞窟から出たんだ。じきに目覚めると思うが」

 「叩き起こさねぇのかよ?」

 「考えは違ってもイトコ同士だ、手荒な真似はしたくない」

 「……そうかよ」


 彼女には聞きたいことが山ほどある。

 すぐにでも目覚めさせて問い質したいところではあるが、斗真はそうすることを躊躇った。

 今がどういう関係でも、先ほど彼女が死ぬかもしれないと感じた時に思ったのだ。

 色んな悲しみと後悔が。

 やはり親族で争うものではないと。

 だが。


 「なあ、斗真」


 そんな時、仁内が呟いた。


 「――依代を灯乃から別の奴にすげ替えることができるって、本当なのか?」


 それを聞いた瞬間、斗真の足がピタリと止まった。

 知られていた。

 その動揺からか、斗真は思わず振り返る。


 「誰から聞いた?」

 「朱飛が言ってた。しかもそれが可能なのは、星花だけらしいな」

 「お前は、星が依代になればいいと思うか?」

 「まあな。みすみす灯乃を死なせるつもりなんかねぇし」


 予想通りの答えだった。

 仁内なら悩みはしない、はっきりしている奴だと。

 だが、斗真は違う。


 「斗真、てめぇはどうするつもりなんだよ?」


 仁内が斗真を凝視する。

 答えが出せずに揺れ動く斗真の胸の内を見透かすように。


 「俺は……」


 言葉が詰まる。

 どうしてどちらかを選ばなければならないのだろうか。

 どちらも救う方法はないのだろうか?

 斗真の頭の中が都合のいい答えを求めて、ぐるぐるとかき乱れる。

 たとえば、人ではない動物を依代にできたりしないだろうか、とか。

 それができなくても、せめて二人以外の誰かを依代にできたりしないだろうか、とか。


 結局彼は、仁内に答えることはできなかった。

 腕の中のものが、小さく息を吐いた。



 *



 「あ~あ。斗真たち、帰って来なかったなぁ」


 屋敷の部屋で、灯乃は呟いた。

 気づけばもう日も沈み、真っ暗な夜になっていた。

 灯乃がふと横を見ると、布団の中でスヤスヤと僅かに寝息を立てて眠るみつりが映る。

 そういえば夕食も風呂も済ませていた。

 しかし現役女子高生にしてはやや早い9時の就寝。

 みつりはなんて規則正しいのだろうか。

 一方で灯乃は、机をひっそりとライトスタンドで照らし、宿題の真っ最中。

 溜息しか出なかった。

 そんな時。


 ――シュタッ!


 外で音がした。

 灯乃は襖を数センチ開き、こっそり覗き込む。

 すると、


 「楓先輩?」


 外では楓が数本のクナイを構え、狙った的に向かって投げ放っているのが見えた。

 どうやら灯乃達の警護がてらクナイの特訓をしているらしい。

 全て命中させている楓を見て、灯乃はつい襖から顔を出した。


 「さすが先輩。お見事です」

 「灯乃様……すみません、勉強の邪魔をしてしまいましたか?」


 楓が申し訳なさそうに軽く眉を垂れ下げると、うっかり話しかけてしまったことに灯乃の方がしまったと思った。

 特訓中なら寧ろこちらが集中させてあげるべきだったのではと、彼女は思っていると。


 「騒がしくしてしまいますが、もう少しだけよろしいでしょうか? 俺なんてまだまだで、もっと訓練しないとお役に立てないので」


 納得していない口調で、楓が口を開いた。


 「そうなんですか? こんなに上手なのに?」

 「この程度では、あの方に笑われてしまいますよ」

 「あの方?」

 「春明様です」

 「春明さん?」

 「はい。暗器の扱いで、あの方の右に出る者はおりません。春明様の放つスピードと鋭さ、そして繊細さには感服します」

 

 楓は春明を賞賛すると、クナイを投げそれに向かって分銅鎖を投げ当てた。

 これもまた見事に命中するが、本人には今ひとつだったようで、それを何度も繰り返す。


 「私、春明さんはいつも薙刀で戦ってるから、そういった大きい武器みたいなものが得意なのかと思ってました。暗器の類は朱飛が1番なのかと」

 「朱飛に暗器を教えたのは、春明様の父君である丈之助様だと聞いています。幼少の頃は確か、朱飛は山城家のもとで春明様とさまざまな稽古を共にしていた筈です」


 楓がそう言うと、その話に灯乃は納得した。

 それだけの長い時を過ごしていたのなら、朱飛が春明を慕うのも頷ける。

 春明は端麗な顔立ちを持ち合わせているだけでなく、聡明で色々なことにもよく気づく人だ。

 その上で更に武術に長け、最も暗器の扱いに優れているとなれば、年頃の女子は放っておかないだろう。

 実際灯乃も、幾度となく彼にときめいてしまった覚えがある。

 彼が完璧すぎるほどの女装をしていたとしてもだ。

 そう思うと、何となくだが灯乃は恥ずかしくなって小さく縮こまった。

 と。


 「――あと、許嫁候補なんて言われたこともあったわね」

 「はっ春明さん……!」


 突然、隣の部屋から春明が出てきて、その声に灯乃は思わず吃驚して、上擦った声が漏れた。

 今まで彼のことを考えていただけに興奮して紅潮する。


 「あの頃は、何人か候補を連れてこられて見合いとかよくさせられてたっけ」

 「え、見合い?」

 「そういえばハトコの女の子も一人、候補だって言われたこともあったわ」


 過去の出来事をさらっと話す春明に、灯乃は何故だかグッと胸を締め付けられる想いを感じた。

 朱飛が春明の許嫁候補だったというだけでも驚くことなのに、他にも許嫁候補がたくさんいたことに灯乃の表情が若干曇ると、それを見逃さず春明がクスッと笑う。


 「あら? もしかして妬いてる?」

 「え……っ!? そっそんなことは……っ」

 「春明様」


 春明が楽しそうにニヤついていると、あまり灯乃を苛めるなと言わんばかりに楓が声をかけた。

 灯乃の様子からして、彼女自身が許嫁候補だったハトコだとは気づいていないのだろう。

 灯乃に事実を知らせていないことを春明は知ると、途端に企みを含む笑みが浮かび上がった。

 それに気づいて楓がハッとするも、春明がそれを抑え込むように睨みをきかせ、そして灯乃に向き直る。


 「ねぇ灯乃ちゃん、ちょっとお散歩しない?」

 「えっ、今から? でも……」

 「みつりちゃんのことなら、楓に任せておけばいいわ。行きましょ」


 そう言うと、春明は灯乃にあの眼を見せた。

 すると急に灯乃の意識が彼へ傾き、ドキドキと高鳴っていく鼓動を感じながらも、自然と手を彼の方へと伸ばす。

 春明は当然のようにその手を取ると歩き出し、二人で部屋から離れていった。

 それを楓はどうすることもできずに、ただ見送るしかできなかった。


 「春明様、やはりあの眼を灯乃様に……」

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