第122話
斗真と仁内は、再び洞窟に入った。
初めに入った時とは違った緊張感が二人に流れたが、けれど朱緒の前に現れる頃には斗真一人だけになっていて、仁内の姿はない。
「……師匠……」
「……」
ただ一人、主である斗真だけが眼前に写ると、朱緒の魂は剣を収め膝を折って頭を垂れた。
やはり彼一人であれば攻撃はなく、先程までの殺気はあっさりと消え失せる。
三日鷺の欠片も簡単に回収できるだろう。
しかし斗真は、その光景から不愉快げに目を逸らす。
尊敬していた師のこんな姿など見たくはないのだ。
「頭を上げて欲しい、と言っても、あなたに俺の声はもう届かないのでしょう」
「……」
「あなたとは、もっと話がしたかった」
「……」
何を語りかけても微動だにせず何も応えない朱緒に、やはり亡くなったのだと斗真は痛感する。
ここにいる師は、姿形が同じだけで中身は空っぽの人形。
彼女がこんなことになっているのにも気づかずにいた自身に、斗真は腹が立った。
「俺はあなたに、詫びなければならないことがたくさんある」
「……」
「あなたのこと、そして……あなたの娘である灯乃のことも」
「……」
灯乃の名を口にしても、朱緒は何も応えない。
密かに何か反応があるのではと思ったが、期待外れもいいとこだった。
斗真は悲哀に眉を歪ませる。
すると、そんな彼に頭を下げたままの朱緒の頭上付近を静かに動く影があった。
仁内が朱緒に気づかれないように、欠片に近づいているのだ。
――斗真が引きつけている間に俺が三日鷺の欠片を回収する、か。上手くいくのか?
安易な発想に仁内は一物の不安を抱えるが、それでも天井を這うようにして少しずつ進む。
斗真に“お前も山城家の端くれなら、隠密活動の一つでもやって見せろ”と言われてしまえば、やるしかない。
彼の言葉は妙にプライドを刺激されるのだ。
そして気づけば、まんまと動かされている。
それがいつもの仁内だった。
――けどこういうのは普段、春明か朱飛の仕事だからな。俺の性分に合ってねぇし、やりづれぇ
いつも真っ向勝負の仁内には苦手な作業であることは分かっている。
だが、今それができるのは彼しかいない。
そう斗真に言われれば、俄然やる気が出るのだ。
彼を見返してやろうという気になる。
「師匠。あなたに届かないのは分かっている、だが聞いて欲しい」
仁内が密かに動く中、斗真は朱緒に話しかけ続ける。
「まずは謝りたい。あなたがすべての罪を背負わされていることに気づけなかったこと。あなたがこんなことになっているのも知らなかったこと。そして、灯乃をも巻き込んでしまったこと」
「……」
「俺は灯乃を、紅蓮の三日鷺にしてしまった。これから先、俺はもっとあいつを傷つけることになる」
斗真の口から後悔の言葉が漏れるのを聞きながら、仁内はゆっくり慎重に進んだ。
彼のその言葉はもはや懺悔のようだ。
最近の斗真を見ていると彼らしいと思えるのだが、以前の彼しか知らなければ驚いていたかもしれないと、仁内は思った。
力を失ったことで、斗真の内面を知ることができた。
彼からすれば災難であっただろうが、仁内からすればそれはある意味良かったのかもしれない。
仁内の目が三日鷺の欠片をとらえた。
さすがは山城家の血筋というべきか、朱緒が気づく様子もなくもう少しで手が届く。
だが。
「師匠。俺は灯乃を、これ以上苦しめたくない。あなたの二の舞にはさせたくない。でも――」
伸ばした仁内の手が、急にぴしゃりと止まった。
「星を差し出すことも――できない」
斗真の一言に、仁内の鼓動がドクンと大きく波打った。
星花を差し出せない?
なら灯乃は、そのまま見捨てるということか?
仁内に嫌な汗が流れると、その時。
――ズザッ!
伸ばした左手に、朱緒の放った剣が突き刺さった。
「ぐあ゛ぁっ!!」
「仁内!」
刃が左手の甲を貫き、壁にまで食い込む。
そのあまりの激痛に仁内はただただ悶え苦しむと、いつから気づいていたのか朱緒が何事もなかったかのようにスッと立ち上がり、彼へもう一方の剣を差し向けた。
まずい――斗真は瞬時にそう感じ、その直後に朱緒は走り出す。
仁内もそれに気づいていたが、剣が壁の奥まで刺さり込んでいて、手を抜くことができない。
逃げられない。
そう思って仁内がきつく目を瞑った、次の瞬間。
――!
一瞬冷たい風が吹き、それが突然三日鷺の欠片を奪っていった。
「……!」
「え……!?」
その瞬く間の出来事に朱緒の体は僅かに鈍り、そのうちに斗真が仁内との間に割り込み、彼女の攻撃を止めた。
主に攻撃を当てまいとして、朱緒の刃が仁内から大きく逸れる。
すると彼女の目が、三日鷺の欠片を手にする盗人へと向けられた。
「――三日鷺の欠片、確かに」
そこには、仁内を囮にして欠片を奪った朱飛の姿があった。
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