第103話

 「何よ?」

 「……別に、何も……」


 不服と言わんばかりに春明を見るも、どう気持ちを言葉にしていいか分からず、灯乃は黙り込んだ。

 するとそんな時、みつりがさらりとした口調で彼女へ突拍子もないことを訊ねてくる。


 「アンタ、あの斗真って奴のことが好きなの?」

 「え……えぇっ!?」


 突然のことで灯乃はあわあわと動揺し、顔を真っ赤にさせると思わず両手を横に振った。


 「べっ別にそういうんじゃ……ただ心配っていうか、何というか……それなのに春明さんはそんな感じもないから、二人は信頼し合ってて羨ましいなっていうか……」

 「……」

 「灯乃ちゃん。それってもしかして、あたしのことで斗真君に嫉妬してる?」

 「え……?」


 春明の言葉に灯乃は、つい彼の方へ目を向けた。

 するとその瞬間、なぜか急に春明の眼から視線をそらすことができなくなり、意識の全てが彼に捕らわれたかのように動けなくなった。

 あの眼だった――艶やかで美しい、ついうっとりと魅了させられるその眼。

 今の今まで斗真の心配をしていた筈なのに、一瞬で忘れさせられてしまう。

 見つめられただけでドキドキして、恥ずかしくなって。


 ――あれ? 私、春明さんを奪られたくなくて、斗真に嫉妬してたの……?


 そう思うと、途端に低俗な感情で悩んでいたみたいに感じて、灯乃は何とか頭を振ると、それ以上考えまいと赤い顔を窓の外へ隠した。

 そんな彼女に、春明はニタリと笑って目を細める。


 「可愛いわね。何なら灯乃ちゃんは、授業に出ないであたしと一緒にいる?」

 「えっ」


 春明はそう言うと、助手席から灯乃へと手を伸ばす。

 がその時、背後の席から冷ややかな視線を感じて、彼女に触れる前に手を止めると、春明はそちらの方へとつり上げた目を向けた。

 その先にいたのは、みつり。


 「勝手に段取り変えないでよ。何のためにこんな奴と一緒に来たと思ってんの」

 「……冗談よ、冗談。分かってるわ」


 相変わらず手厳しいみつりに、春明は笑顔を向けながらも、内心舌打ちした。



 暫くして学校に着くと、灯乃とみつりは外へと出て、春明が車内に残る。


 「それじゃ二人共、十分気をつけるのよ?」

 「春明さんは?」

 「あたしは、適当に校内を探ってみるつもり」

 「大丈夫なの?」

 「ひとの心配より自分の心配をしなさい。まだどれだけ潜り込んでいるか分からないんだから」


 春明はヒラヒラと手を振ると、さっさと二人を送り出し、その姿をじっと眺めた。

 そしてそれが見えなくなると、待ち侘びたように楓と数人の人影が車へと集まり、春明は途端に目を厳しくさせる。


 「雄二君は?」

 「まだのようです。情報通りに現れてくれれば良いのですが」

 「みつりちゃんのことは?」

 「現在調査中です。今のところ、ただの一般人と思われることしか分かっておりません」

 「そう。でも、その割には……」

 「……」

 「……まぁいいわ。引き続き警戒を怠らないで、呉々も慎重に。二人のこと、頼んだわよ」

 「御意に」


 春明の言葉に頷くと、楓らは素早くその場を離れていった。

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