第93話
灯乃はみつりが寝かされていた部屋へ向かうと、ちょうど別の使用人が空の丸盆を持って部屋から出ていくところが見えて走る足をゆるめた。
部屋の中は思っていたよりもずっと静かで、灯乃は拍子抜けしながらこそっと襖を開けて覗くと、そこには落ち着いて湯呑を啜るみつりと、同じような様子で亜樹と春明が対面して座っているのが見えた。
「どう? 少しは落ち着いたかしら?」
「えぇ、まぁ。暴れたってどうにもならないでしょうし」
どうやら亜樹たちが上手く対応してくれたようだ。
納得はしていないものの、状況的に冷静にならなければいけないことを察したのだろう。
みつりは初めこそ取り乱しはしたが、今は無駄な言動は避けて亜樹から出された茶で喉を潤していた。
「――さて、これから如何いたしましょう?」
「えっ!?」
そんな時、まるで灯乃の思考を読み取ったかのような台詞が側から聞こえ、彼女はビクッとする。
近くに主将が控えていたことに気づいて、灯乃は驚いた胸を撫でおろしながらもみつりに目を向けるが、いったいどうすればいいのか見当もつかない。
みつりは無関係の人間、急いで駆けつけてはみたもののどう接していいのかさえ、灯乃には分からなかったのだ。
「あいつの頭の固さは、俺も知っています。その上、雄二が絡んでいるとなると、一筋縄ではいかないかと。どうなさいますか、灯乃様」
「……その前に。先輩にそう呼ばれるのは、ちょっと違和感です」
「慣れて下さい」
渋面になりながら灯乃が呟くと、彼は目を細めて静かに笑った。
たまに雄二の付き添いで空手部を見学していた灯乃にとっては、主将である彼に畏まった態度をとられるのは複雑なのだ。
それを知ってか彼も苦笑を浮かべるが、そこへ仁内がだらっとした足取りでやって来る。
「全くだぜ。あんだけコケにしやがって」
「申し訳ございません。一度手合わせしてみたいと常々思っておりましたので、つい」
「……ちっ……」
主将がそう言って頭を下げると、仁内は顰めっ面をしつつもどことなく嬉しそうな様子で舌打ちした。
手合わせしてみたい――力を認められていたのだ。
そんな時、バンッと勢い良く襖が開かれ、痺れを切らせた様子の春明が灯乃たちに声をかける。
「アンタたち、いつになったら入ってくるの?」
どうやら声がもれていたようで、中にいるみつりや亜樹もこちらを眺めている。
みつりに至っては不機嫌なまでに睨みをきかせていて、灯乃はとても入り難そうに顔を歪めるが、そんな時にふと春明と目が合い、彼が口の端をつり上げ含み笑いするのを見て、ポッと頬を赤く染めた。
途端にあの時のやり取りが思い出される。
「灯乃ちゃん、入って」
いつにも増して春明が優しく彼女に手を差し出すと、灯乃はドキドキしながらもつられるようにその手を取ろうとするが、それを遮るように仁内がわざわざ間に割り込んで代わりに彼女の手を取った。
「もたもたすんな、灯乃」
「えっ、うっうん」
突然のことで、灯乃は引っ張られるまま中に入るが、仁内はしっかりと春明に睨み、春明もまた彼を睨み返す。
そんなギスギスした様子に亜樹は密かに目を見張るが、ふいに襖の方を向くと主将も中に招き入れた。
「あなたも無関係ではないのだから、お入りなさい」
「……それでは、失礼致します」
彼は控えめに中へ入ると、灯乃たちの背後になる隅にその大きな身体を竦ませて正座する。
するとみつりの目が険しく更につり上がった。
「いったい何者なの? 雄二は? もうすぐ大会だっていうのに、どうするつもりなんですか?」
「それは俺が判断することじゃない」
主将がそう答えると、みつりの矛先はあっけなく灯乃へ傾く。
元々彼女を目の敵にしていたのか、他に向ける視線とは全く違って一番厳しい。
「やっぱりアンタのせいだった。雄二に何かある時はたいていアンタのせい。いつもいつも雄二の邪魔ばかりして、何様なのよ」
「そっそれは……」
「お姫様なんじゃない?」
灯乃が何も言い返せず苦しそうに俯いていると、反射的に春明が茶化して答え、肯定するように亜樹もそうねと微笑んだ。
「雄二君は差詰め灯乃ちゃんのナイトってところかしら。彼女を護るのが彼の役目だし」
「護るのが役目? ふざけないでよ。こんな奴、護ったって何にもならないじゃない」
みつりのその言葉に、幾人かがピクリと不愉快に眉を動かした。
「お姫様? 冗談じゃない。何でこんな奴の為に、雄二が振り回されなくちゃいけないのよっ。雄二は何処に行ったのよ!」
「おい、みつり」
そんな時、仁内が恐ろしい程に冷たい口調で彼女を呼んだ。
「口の利き方には気をつけろよ――ぶっ潰すぞ」
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