第88話

 何かを勘ぐる様子で刮目してくる亜樹に、斗真の気持ちが狼狽える。


 「……本当は、とは? 俺は星を助け出すつもりで、力を……」

 「なら何故、動こうとしないの? 灯乃ちゃんが紅蓮の三日鷺として力を得て、仁もその三日鷺となった。春明ちゃんだっている。あなたはとっくに救出するべく力を手にしていたのに、状況の流れをいいことにそれを後回しにし、ここに来た」

 「それは……」

 「動く手段ならいくらでもあった筈。もしかして……臆しているの?」


 口ではしっかりと強く目的を語っていた斗真だったが、行動が伴っていないことに亜樹は薄々感づいていて、痛いところを突かれたと斗真は眉を顰めた。

 分かっている、自分が何を為さなければならなかったのか。

 けれど気持ちがそれを躊躇する。

 ずっと共に育ってきた双子の片割れに否定され、それと向き合うのにどれほどの勇気がいることか。

 けれど、それだけが原因ではないことは斗真も感づいていた。

 星を救い出し、力が戻れば真っ先に解放してあげなければならない人がいる。

 それは彼にとって一番手放したくない想い人。


 ――灯乃を自由に……彼女と離れることになることが、無意識に拒んでいた原因


 そんな臆病な影が斗真から垣間見えたのか、亜樹は目を尖らせた。


 「……灯乃ちゃんを救う方法に心当たりならあるわ。でもこれはあくまで可能性であって確かではない。それにあなたは、大事なものを天秤にかけなくてはならなくなるわ」

 「大事なもの?」

 「灯乃ちゃんから紅蓮の三日鷺を追い出すのであれば、乗り換える器を用意しなければならない。けれど誰でもいいって訳じゃないわ――分かるわね、誰が適しているか」

 「……星……!」

 「主と血の繋がりを持ち、そして主に寄り添える程に親しく若い娘。星花さんも依代の候補と言われていたの。だから紅蓮の三日鷺が彼女を選んで、灯乃ちゃんとの契りを解除してくれれば、あるいは」

 「星を、雪白の三日鷺にさせるつもりか?」

 「命令できるかしら、紅蓮の三日鷺に」


 亜樹の言葉に、斗真は絶句した。

 灯乃を救い出す術があるかもと期待したが、その代償もまた大きい。

 灯乃と星花、斗真にとってどちらも愛しく大切な人。

 どちらかを救い出そうとするなら、もう一方を切り捨てなければならない。

 ……選べない。斗真の顔にそれが色濃く映った。


 「よく考えてみることね。灯乃ちゃんと星花さん、どちらを選ぶのか。――もし灯乃ちゃんを救う方を選ぶのなら、私は協力を惜しまないわ」

 「……姪の星よりも?」

 「確かに灯乃ちゃんは、私にとってはただの一族の者。だけど彼女は、彼女の本当の母は――私の大事なたった一人の従姉妹だった。あの子だけが私の、光だった」

 「叔母上……?」


 亜樹にも思うところがあるのか、固い信念を双眸に宿す彼女に、斗真は何も言葉を返せなかった。

 その強い視線に思わず目を逸らすと、向いた先に雄二の部屋が映り、その場に佇む灯乃の姿を見つける。


 「灯乃……?」

 「あと、考える猶予にしてはしれているかもしれないけど、三日鷺の同化を遅らせる方法は知っているわ」


 亜樹からも灯乃の姿が見えたのか、ふと思い出したように語りだす。


 「同化を遅らせる方法? それはいったい――」

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