第76話

 「――着いたぞ」


 みつりを人質にとられ、主将に指示されるがまま雄二と仁内は歩かされ、気づくと校舎の裏側に来ていた。

 そこは昨日三日鷺の集団に襲われた場所。

 今度はそこに数人の般若面をつけた連中がいた。

 だがその中に負傷していそうな者はいない、昨夜の者は何処かで休んでいるのかもしれない。


 「てめぇの仲間かよ。俺らに何の用だ?」


 仁内が拳を握り締めて訊ねる。

 彼はみつりのことはどうでも良いのか、攻撃されようものならすぐ反撃しようと片手は半月斧を隠れて持つ。

 一方で彼女の安全を気にする雄二だったが、そんな時、主将の手がみつりの身体を一撃した。

 途端に彼女は意識を失い、地に崩れていく。


 「おいっ」

 「こいつにもう用はない。部外者には何も知られない方がいいだろ?」

 「……」


 みつりは目を閉じ、静かに眠らされた。

 彼女は本当に何も関わっていないようだ。

 何も知られなければ、普通に戻れる。

 雄二は内心ホッとして、主将を睨んだ。

 すると、


 「え……?」


 突然どういう訳か、般若の者達は主将をも含めて、二人に頭を下げた。


 「これまでのご無礼をお許し下さい、仁内様。雄二も、悪かったな」

 「「……は?」」

 「我らは亜樹様の命で動いております。三日鷺の呪縛から仁内様と――灯乃様をお救いするようにと」



 *



 「駄目よ、斗真さん。その命令は、許すことはできないわ」


 亜樹は斗真の命令を止め、その上でクナイを構え持った。

 どうやら彼女にとって、紅蓮の三日鷺を呼び出されるのは都合が悪いようだ。

 もし命令を強行しようものなら亜樹は力ずくでそれを止めるだろう、その意思がクナイに表れていた。

 しかしそんな彼女の様子にも斗真は動じることなく、なるほど……と呟く。


 「紅蓮の三日鷺に知られるとまずいことが、灯乃の記憶の中にあるということか」

 「……」


 斗真の確信をつく言葉に、亜樹は微かに目尻をピクリとさせた。

 そんな僅かな変化に春明も気づき、斗真が言わんとしていることを察する。


 「ふーん。今、灯乃ちゃんと三日鷺は同化中。もしも記憶も共有するなら、三日鷺にも灯乃ちゃんが見聞きしたものが伝わるって訳ね。それじゃあ、三日鷺が知らなくて灯乃ちゃんが知っていることが、まずい情報ってことになるわね?」


 そしてそれは多分――朱飛が探っていたものに繋がる


 直感ではあるが、斗真はチラリと朱飛を一瞥しながらそう思った。

 すると次の瞬間から、亜樹を見る斗真の目の色が変わる――疑るような不信感を募らせる目。

 灯乃はその目を見て、密かに嫌な予感に震えた。


 ――斗真……もしかして、亜樹様のこと……


 「叔母上、あなたの知っていることを全てお話下さい。さもなければ、今ここで紅蓮の三日鷺を呼ばなければならなくなる」

 「……この私を嚇すつもり?」

 「あなたを傷つけたくはない」


 互いに腹の内を探るように睨み合うと、亜樹の方が観念したのか、顔を顰め、視線を逸らした。


 「私達は、ずっと三日鷺に縛られてきたの。いい加減自由になりたい、その為に三日鷺を消す、ただそれだけよ」

 「三日鷺を消す?」


 亜樹は吐き捨てるように言葉を紡ぐ。


 「あなた達も知るように、私達山城家は代々三日鷺を奉り、仕えてきた一族。本来なら……このまま何も起こらなければ、三日鷺はじきに効力を失い、消えゆくか細い存在だった。あなたさえ――刀を継承する者さえ生まれなければ」

 「……」

 「いえ、違うわね。継承する子を生む為に、代々の姓をもつ一族と婚姻を結び、ついにあなたを誕生させた、というのが正しいのでしょうけど」


 亜樹は嫌気がさすような口ぶりでそう話した。

 しかし斗真のことを毛嫌いする感じはなく、寧ろ憐れむような悲しげな目で彼を見る。


 「あなたが生まれ、三日鷺はあなたを選び、再び蘇った。そのことによって、周りも変わったわ。あなたをまつり上げ、三日鷺の恩恵を得ようとする緋鷺一族。はたまた、あなたから三日鷺を強奪し、自身のものにしようとする輩。そして再び三日鷺に虐げられる私達山城一族」

 「叔母上……」

 「私達はただ終わらせたいだけなの――手遅れになる前に」

 「手遅れ……?」


 亜樹はそう言うと、静かに灯乃の方を向いた。


 “――あの刀で誰かを斬り続け、三日鷺を増やしていけばいく程、紅蓮の三日鷺と同化してしまったあなたはカラスに近づき、そしてやがて自身を破滅させる”


 「亜樹様……」 


 彼女に告げられたことを思い出して、灯乃は戸惑いの念にかられる。

 とその時、突然亜樹の背後に般若面が現れ、灯乃と目が合った。


 「え……?」


 すると次の瞬間、亜樹が急に崩れ落ちるように倒れ、斗真らも驚いて思わず身構える。

 フワリと舞い落ちる亜樹の長い髪がスローモーションのように灯乃には見え、背後の般若面の人影がゆっくりと姿を現した。


 「叔母上っ」


 亜樹はそのまま瞼を閉じ、動かない。

 だが僅かに呼吸する音が聞こえる――どうやら眠らされただけのようだった。


 斗真達は突如現れた般若面の敵に武器を構える。

 その敵は、左肩に負傷しているのか包帯で固定している――昨夜の女だろう。

 亜樹の口封じに来たのだろうか。

 春明が攻撃を仕掛けようとして動くと、その瞬間に般若面の女は素早く外へと飛び出し、あっという間に消え去っていった。

 もう後を追うことはできない。


 「やられたわね」

 「麻酔針か」


 春明が少し悔しそうに言うと、斗真は亜樹に近づき眠っている彼女の首に小さな点の傷跡を見つけた。


 「ただ眠らせに来ただけ? 何かの時間稼ぎかしら?」

 「分からない。だが、これで俺達は紅蓮の三日鷺を呼び出していいのか、すぐには判断できなくなった」


 斗真はそう言うと、朱飛を見る。


 ――恐らくこいつは何も喋らない。こいつの主は、元より緋鷺ではなく三日鷺なのだから


 「ねぇ斗真君」


 斗真が頭を悩ませていると、春明が一旦息を吐いて、彼に口を開く。


 「何をそんなに気にしてるのか知らないけど、手っ取り早く朱飛をまた斬っちゃえばいいんじゃないの?」


 考えることが億劫になったのか、春明が面倒臭そうにそう言った。

 朱飛の身体が微かにビクッと震える。


 「不審な行動をしてんだから、何も気にかけることはないでしょ?」


 斗真が三日鷺によって誰かを縛ることをあまり快く思っていないのを、春明も分かっているが、こんな大事な局面でもそれを考慮してあげようとは思わない。

 春明は改めて朱飛に長刀の刃を向けると、冷たい視線を送った。


 「……やむを得ないか」


 斗真は小さく呟くと、三日鷺の柄を握り締めて持っていた鞘からゆっくり引き出す。

 半分折れた刃が現れた。

 朱飛は思わず身を固まらせると、その時。


 「……どういうことだ?」


 なぜか灯乃がバッと彼女の前に両手を広げて立ちはだり、その姿に斗真も春明も目を丸めて驚いた。

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