第58話

 「――で、お前はどうしてそんなに機嫌が悪いんだよ?」 


 部屋までの道のりを歩きながら、雄二は背後からゾワリと感じる気配に汗を流した。

 静かに彼の後をついてくる朱飛だったが、その双眸には殺意の闇が潜み、決して穏やかではない。


 「いつも通りですが、何か?」

 「嘘つけ。今にも刺されそうで怖ぇぞ」


 声のトーンも若干低いように思う。

 雄二はやれやれと頭をかいた。


 「春明さんには荷物持たせなかっただろ? お前さ、春明さんのこととなると目の色が変わってないか?」

 「あのお方は分家とはいえ、緋鷺家のお方。御身を案じるのは当たり前のことですが」

 「いや、そうじゃなくて。何つうか、春明さんは特別っつうか……」


 雄二は今までにも彼女から感じていたことを口に出した。

 どうも朱飛には、春明を特別視している節があるように思う。

 確かに身分が関係しているのかもしれないが、斗真や仁内には感じられないものがある。

 それに朱飛は、絶対的に忠実な緋鷺家の従者という訳ではない。

 何より三日鷺を最優先として動く者達の一人なのだ。

 それが目の色を変えてまで身を案じるというのは、何か特別な感情があるものだと雄二は思った。

 が朱飛は、そんな彼に目を細める。


 「……ありません。あったとしても、あなたにそれを言う必要がありますか?」

 「え、いやまぁ、ねぇけど……」


 一層鋭さを増す彼女の目に、雄二は口篭った。

 朱飛の心情など彼には関係ないが、何となく知りたかった思いもあった。

 しかしここまできっぱりと拒まれると、再挑戦してまで訊く勇気はない。


 「そんなことより、例の6人の女子生徒はどうなったのです? きちんと処理できたのですか?」

 「うっ」


 そんな時、朱飛が話を切り替え、その上で雄二には触れられたくないものだったのか、彼の顔が苦く歪んだ。


 「お前もそれを訊くのか?」

 「当然です。万一不備があれば、迷惑を被るのはこちらなのですから」

 「それは、まぁ確かに……」


 何かあれば立場的に直接対応を命じられる可能性がある朱飛は、春明と同じように曖昧で終わる訳にはいかない。

 彼女からの追求は免れないと思った雄二はどうしようかと困っていると、そんな時、自室の隣の部屋から斗真が出てくるのが見え、互いに目が合った。


 「帰ったか。――灯乃は?」

 「仁内様につき、お荷物をお運びしていらっしゃいます」


 斗真の問いかけに朱飛は頭を低くしながら答えると、雄二は不愉快に顔をムスっとさせる。


 「あいつに何の用だよ?」

 「お前には関係ない」


 妙に緊迫した空気が斗真と雄二の間に流れ、暫く睨み合うようにした後、斗真の方から目を逸らし何処かへと歩いて行った。

 恐らく朱飛の返答を聞いて、仁内の部屋へと向かったのだろう。

 そんな彼の後ろ姿を、気に入らないと言わんばかりの表情を浮かべながら雄二は見ていると、更にその後ろから朱飛が雄二を見て言う。


 「それで? どう彼女達に対処したのですか?」


 まんまと話をそらせたと内心思っていたのに、その期待外れの台詞に雄二は眉をピクリと動かすと、仕方ないととうとう降参して息を吐いた。


 「……それは……」

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