王女様と人魚姫のお話
霜月このは
Side: S
第1話 出会い
きらきら光る太陽に向かって泳ぐ。水面に顔を出した瞬間、聞こえるのはカモメの声。今日も相変わらずやかましく鳴いている。
お供のチビ魚なんていないけど、わたしはたった一人でも、陸の世界を見に行く。
陸地まで泳ぎ切ったら、岩の陰に隠れて様子をうかがう。人に見られたら、命はないだろう。だけどこのスリルがたまらない。
多分、わたしは悪い魚なのだと思う。
「あら。こんなところに女の子がいたのね」
頭上から声がして、固まる。……やってしまった。
すぐに水の中に潜る。逃げないと。
「ねえ、待って。何もしないから」
水の中に入りさえすれば、こっちのもの。そう思っていたのが甘かった。なんと彼女はわたしの後を追いかけて、海に飛び込んで来たのだ。
「ふふ、つかまえた!」
そう言ってわたしの腕をつかむのだけど、次の瞬間、彼女の身体は水の底に向かって沈み出す。当たり前だ。彼女の来ていたドレスは水を吸ってどんどん重くなる。
人間の彼女が、そんな重しをつけたまま泳ぎ回れるわけがない。
……もう終わりだ。
彼女はすぐに溺れて死ぬだろう。まったく馬鹿な人間もいたものだ。そう思うのだけど。
なぜか耳に残った彼女の声を、もう一度聴いてみたいような気になったのだ。
気づいたら、わたしは彼女を助けていた。気を失っている彼女の身体を砂浜に横たえ、ぐっしょりと濡れたドレスを脱がしにかかる。
このままここで冷たい服を着ていたら、きっとすぐに凍えてしまう。魚のわたしでも、それくらいのことは知っていた。
ふっくらとしたピンク色の唇に指を当てる。この続きはどうするんだっけ。昔、落ちていた本で読んだ、人間を助けるときの方法があったはずだった。
「たしか、こう……」
彼女の唇に、自分の唇を重ねる。その瞬間、なんと彼女は目を覚ました。
「わぁぁっっ」
びっくりした。
「あれ、私、溺れて……。……もしかして、あなたが助けてくれたの?」
「ええ、まあ、一応」
びっくりしすぎて、逃げることも忘れて、うっかり返答をしてしまった。
「ありがとう! ねえ、あなた、名前は? 私はローラって言うの」
「わたしは……サラ」
「サラ、素敵な響きね。ねえ、私とお友達になってくれない?」
無垢な笑顔を浮かべて言う。その声はやっぱり鈴を鳴らすような可愛らしい響きを持っていて、聴いているだけで耳がくすぐったくなってくる。
「それは、できないよ」
「あら、どうして?」
わたしが返答すると、ローラは悲しそうな顔をする。
「だって、あなた、人間じゃない。私は人魚。尻尾、見たでしょ」
「うん。見た。きらきらして、すごく素敵。ねえ、もっと見せて?」
そんなふうに言われると恥ずかしくなる。身体が熱くなる気がする。それを悟られないように、言葉を続ける。
「人間とは友達になれないよ。おばあさまに怒られてしまうから」
「どうして?」
「だってあなたたち、魚を捕って食べるでしょう」
「あなたは人魚だもの。食べたりなんかしないわ。それに……」
唇に指を当てて言う。
「もしそのつもりなら、きっと、さっき食べちゃったと思うわ」
そう言っていたずらっぽく笑った。
顔が熱くなる。さっきのローラの唇の感触が、ふわふわで柔らかくて心地よいそれが、頭から離れなくなる。
それがわたしとローラの、最初の出会いだった。
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