中二病の始め方

キューイ

第1話 六時間目の始まる一分前

 俺は聞き返した。隣の席の女子の言うことが全く理解できなかったのである。


「ごめん、もう一回言って?」


「私、明日から中二病キャラでいこうと思う」


 俺は頭を抱えた。成績も良く、学内の男女どちらからも慕われる彼女がこんなことを言い出すとは夢にも思わなかった。


「理由は?」


 授業が始まる一分前であると言うのに俺は彼女の意味不明な発言の真意を問い質したかった。彼女は遠い目で窓の外を見つめている。そして呟くように言った。


「私真面目系で生きてきたから……ちょっと新しい風を吹かしたくなった」


 ここで六時間目の始まりを告げるチャイムが鳴ってしまった。まだまだ隣のコイツに聞きたいことがあったが授業が始まってしまっては仕方がない。


 授業が終わると俺は椅子をずらして隣へと少し移動した。授業が始まる前の突拍子もない発言の真意を是が非でも聞きたい。いきなりキャラを変えたいなんてなぜコイツが言い出すのか。そもそもキャラなんて自分のうちから自然と湧いて出るものだ。後天的に変えられるものか。


「おい、さっきの……」


「ククク……質問を許そう」


「今日から始まってんじゃん」


 この1時間弱の間で彼女に何が起きたと言うのだ。先の授業では中二病スタート講座でもやってたのか?いや、そんなはずはない。世界史のいたって真面目な授業だった筈だ。たしかに世界史にはカッコいい言葉が出てくる時もあるが、それが彼女を中二病たらしめるようなものだったのだろうか。


 俺は呆れてものも言えなかった。申し訳ないが今日のところは放っておかせていただく。明日には目が覚めているといいのだが。


 翌朝俺は嫌な予感が頭からへばりついて離れなかった。そして朝、自分の席に着くとそれが的中したことを否が応でも思い知らされる。


 俺の机の上にはアタッシュケースが置かれていた。十中八九彼女の仕業だろう。しかしアタッシュケースがなんかカッコいいのは理解できてしまう。それが何か悔しかった。


「あけてみろ」


 彼女はすでに席に着いていた。眉を顰め、真剣な眼差しでこちらを見つめながらそう言った。


 俺は彼女のこれからの学校生活を心配しながら、ケースのロックを外した。


「中には貴様に必要なものが入っている」


「必要なものは筆記用具と教科書ぐらいだぞ」


 ケースを開ける。プシューと炭酸のペットボトルを開けた時のような音とともに、煙が机の上を塗りつぶした。

 

 こんなことが起きれば周囲の目線も俺たちに向く。


 中には木の棒のようなものが入っていた。しかしそれは針のようなまっすぐな棒ではなく、所々曲がっている。そして先端には実のような赤い宝玉が着いていた。プラスチック製の宝玉だが。まるで魔法の杖のようなものだ。


 そして問題はそこではない。彼女が間違っている気がするのだ。


「ファンタジーをサイバーの中にぶち込んでんじゃん!」


「な、何⁈」


「こういうケースの中は銃か怪しげな液体か機械だろ!世界観統一しろよ!」


 俺は思わず叫んでしまった。


 そこから中二病の通り名が俺のものになったのは言うまでもない。中二病の極意を語ってしまったようなものなのだから。

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