第40話 夕餉
美鈴たちがなんとか鶏をさばき終わり、それぞれの部位を小さく切り分けている時に、外から大きなかごを抱えたコハル婆が入ってきた。
「あー、ちゃんと出来たみたいだねぇ。うまいもんだ」
「ぜんぜん下手っぴいです。しげしげと見られると恥ずかしいのです」
「うーん、思ってた以上に難しかったじゃんね」
葵がさばいているのを見ていると簡単そうだったのに、実際にやってみるとうまく関節が切れなかったり、骨にいっぱい身がついてしまったりと思っていた以上に難しくて、一羽の四つ落としに一時間もかかってしまった。
葵が二羽目をほんの十五分ぐらいでさばいてしまって、しかもずっと綺麗なのが悔しい。
「ほっほっほ。ちょっとぐらい見た目が不恰好でも美味しく食べれれば変わらないよぉ。さぁさ、今が旬の山菜も摘んできたからこれも使って鍋を作っていこうかね。みんなお腹すいただろう」
ニコニコと笑いながら、田芹や大根の花やわらびなんかが一杯入っているかごを降ろして、コハル婆は大きな土鍋に水を張り、昆布と鶏がらを入れて火にかけ始める。
「せっかく鶏がらがあるから、昆布と一緒にだしを取らないともったいないからねぇ」
やがて、鍋が煮立ち始め、コハル婆がおたまで丁寧に浮いてきた灰汁を引いていく。
台所に充満する、昆布と鶏がらの上品なだしの香りに急に空腹を覚えて美鈴が外を見れば、太陽はすでに西の稜線の向こうに沈み、あたりはすっかり薄暗くなってしまっていた。
外で作業をしていた他のメンバーが作業を終えて中に入ってくるのに合わせて、座敷の方に全員で移動し、座敷机の上にすでに準備してあったカセットコンロの上に土鍋をセットする。
鶏肉、椎茸、春野菜や山菜、豆腐、きりたんぽ、葛きり、糸こんにゃくなどを次々に投入して煮上がるのを待つ間に大介が今日の活動を簡単に振り返る。
「みんな、今日はご苦労だった。おかげで今回も無事に野良鶏退治を終えて、晩にコハルさんの厚意でこうしてみんなで食卓を囲めるのは嬉しいかぎりだ。
特に夜明け前から畑入りしていた軍曹、博士、狩人はだいぶ疲れただろう。今日の野良鶏退治が上手くいったのは縁の下の力持ちとして頑張ってくれた三人の働きが大きい。今日はゆっくり休んでくれ。
忍者も長時間塹壕の中で偵察と情報伝達ご苦労だった。射手も最高のタイミングでワイルドターキーを狙撃してくれたから完全に敵の指揮系統を麻痺させることができた。参謀も結花ちゃんのサポートをよくやってくれた。
ネコちゃんと結花ちゃんも始めての野良鶏退治、大変だったろうがよく頑張ったな。正式入部はまだ先だが、二人がこれからもサバ研で続けていけるというなら、今後は二人とも正規メンバー扱いになる」
「えっ! 本当です!?」
思わず聞き返した美鈴に大介がうなずく。
「ああ。この野良鶏退治がある意味入部テストみたいなもんだからな。これをクリアした以上、いつまでも仮入部員扱いする理由がない」
「み、ミネコはこれからもサバ研で頑張りますっ!」
「うちも続けます」
「よし。じゃあ今から鈴花コンビは正式にサバ研の一員だ! みんな、わかったな!?」
大介が他のメンバーを見回すと一斉に歓声と拍手が沸き起こる。
「ユニフォームは装備担当の博士が発注してくれるから、二人はサイズをあとで伝えておいてくれ。……最後に、いつもサバ研の顧問代理として助けてくれている葵。今日は特に鈴花コンビに鶏の解体を教えてくれたから本当に助かった。感謝している。サバ研を代表して礼を言う」
「べ、別に感謝してもらいたくてやってるわけじゃないけどっ。一応、感謝は感謝として受け取っておくのはやぶさかじゃないわっ」
真っ赤な顔で相変わらずツンデレ発言をする葵。
大介を除くサバ研メンバーたちの間にほのぼのとした生暖かい空気が流れる。葵の本音は【フラグブレイカー】以外にはバレバレなようだった。
そんな葵と大介の関係を観察して、美鈴はちょっと安心する反面、葵が不憫に思えてきたりとなんだか微妙な気持ちだった。
そんな生暖かい空気に気付かずに、大介が居ずまいを正して手を合わせる。
「さて、そろそろ鍋も煮えた頃だ。みんな、手を合わせてくれ」
全員が手を合わせるのを見回してから大介が音頭を取る。
「この場を設けてくれてたくさんの食材でもてなしてくれたコハルさんと、俺たちの糧になってくれる鶏たちに感謝して――」
全員が声を揃える。
『いただきますっ!』
この日食べた鶏の味を、美鈴はきっと一生忘れることはないだろう。
狩り、絞め、調理するという過程のすべてに自ら関わった鶏肉は、控えめに言っても最高に美味しかった。
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