うちの学校のサバイバル研究会がガチでサバイバルなんですけど! いや、女子高生が熊と闘うとか無理ですから!

海凪ととかる@おっさんJK漂流記

野良鶏編

第1話 プロローグ

校庭のサクラの木にまだ僅かに花が残っている四月上旬。


遠く見える山々には新緑が芽吹き、春霞の空からの日差しは真夏のそれとは違って、暖かく柔らかい。


――ジリリリリリリ……

 

そんな春爛漫のうららかな昼休みの校舎に突如として響き渡った非常ベルの警報と、誰かの「火事だぁぁぁ!!」という叫び声を、この春に新生徒会長に就任したばかりの花御堂はなみどうあおいは生徒会室で聞いた。

 

避難誘導しなきゃ! 


葵が慌てて廊下に飛び出すと、廊下には白い煙が漂い、生徒たちがパニックを起こしている様子が見て取れた。……が、煙の匂いを嗅いだ瞬間、葵の肩から一気に力が抜ける。

 

……あー、そういえば昨日、全校放送で告知が出てたわね。

 

よくよく見れば、パニックを起こして逃げ惑っているのはこの春入学したばかりの一年生たちだけで、二、三年生はまったく気にせずに普通に過ごしている。彼らもこの煙の正体に気付いているのだ。


火事なら、塗料や建材が燃えるので強い刺激臭を伴う真っ黒な煙になる。だが、この煙は白く、バラ科の広葉樹を燃やした時独特の香ばしい匂いがした。


おそらく、校庭のサクラを剪定した時に出た枝を燃やしているのだろう。

 

通常、普通の高校生は煙の匂いで薪の種類まで特定することなどできないだろうが、ここの生徒たちはいつも嗅いでいるのである程度の嗅ぎ分けが出来る。所謂いわゆる、門前の小僧が習わぬ経を読むというやつだ。

 

一緒に生徒会室を飛び出してきた書記が苦笑いしながら言う。


「これは……いつものアレっすよね? ま、一応確認に行ってきます」


「お願いするわ。あと、新入生たちにも安心するように言っておいてくれる?」


「へーい。了解しやした~」

 

小走りに去っていく書記を見送った葵は、生徒会室の内線が着信コールをしているのに気付き、中に戻って受話器を取った。


「はい。生徒会室です」


「あー、花御堂か? 職員室だが、今消防から電話がかかった。『これはいつものアレですか?』と」


「はい、そうです。お騒がせして申し訳ありません」


「あーいや、花御堂が謝る必要はないのだが。……ただ、コレも一応許可は取ってあるとはいえ、一度連中に釘を差しておいてもらえるか? 煙を出すのは校舎の窓がちゃんと閉まっているのを確認してからにしろと」


「わかりました」

 

受話器を戻して、葵は大きくため息をついた。


「……ったく! 毎回毎回あの連中ときたら人騒がせなんだから!」

 

職員からわざわざ言われるまでもなく、葵はこのボヤ騒ぎの犯人に文句を言う気満々だった。

 

再び生徒会室から廊下に出た葵のもとに、様子を見に行っていた書記が戻ってくる。


「あ、会長。見てきたら階段のそばの窓が一つ開いてたっす。煙はそこから入ってきたみたいすね。あと、新入生たちにも落ち着くように言ってきたっす」


「ありがとう。あたしはちょっと、連中をとっちめてくるわ」


「……そ、そっすか。でも、今回に限っては連中には落ち度はないと思うっすけど?」


「まだ連中のことを知らない新入生たちがいるんだから、そうでなかったとしても、煙を出す前に校舎の窓が閉まっていることを確認するのは当然よ。それを怠ったのは彼らの落ち度よ」


「……そ、そっすか。じゃ、会長、その、お気をつけて」

 

微妙に引きつった表情で葵に道を譲る書記。


鴉の濡羽色という表現がぴったりな艶やかに流れる黒髪を揺らし、颯爽と去っていく葵の姿に、書記の少年のみならず廊下に居合わせた生徒たちの多くが思わずため息をつき、憧れと羨望のまなざしを送る。

 

新雪のような白く肌理細やかな肌。薄桃色の形のいい唇。意志の強そうな切れ長の双眸は長い睫毛と二重まぶたによってきつさが緩和され、決して高飛車な印象は与えない。

 

そのずば抜けた容姿に加え、頭脳明晰で品行方正とまさに絵に描いたような優等生である葵は、同級生はもちろんのこと上級生からも一目も二目も置かれ、教師たちからの信任も厚いため、今年の三月の生徒会役員選挙では、二年生でありながら三年生を含む他の候補者に圧倒的な大差をつけて生徒会長に当選していた。


そんな葵に憧れる者は後を絶たない。


去年一年だけでも両手の指を合わせても足りないぐらいの挑戦者たちがこの高嶺の花に挑んだが、誰一人としてその花を摘み取る偉業を成し遂げることができないまま現在に至っている。

 

この才色兼備の美少女生徒会長がその整った面をゆがめ、眉間にしわを寄せ、怒鳴り声を上げる数少ない要因、その一つが通称『サバ研』と呼ばれる連中である。


ここ、県立射和いざわ高校は生徒の自主性と自由な校風を売りにしているので、クラブや同好会の種類がやたら多い。


その中にはかなり個性的な集団もあるのだが、このボヤ騒ぎの犯人であるサバ研はその中でもひときわ異彩を放っている集団だ。もちろん魚の鯖を研究する集まりではない。


正式名称は、サバイバル研究会。


大地震から乗っている飛行機の墜落まで、ありとあらゆる突発的な事態を想定し、九死に一生を得るにはどうすればいいかを研究し、実践している射和高校の名物クラブである。

 

構成メンバーは七人、そのすべてが二年生であり、発足からまだ一年も経っていない新しいクラブでありながら、その存在は学校の内外に広く知られている。

 


事実、この一年間、校内においてサバ研ほど不祥事を起こしたクラブはない。同時にサバ研ほど地元の地域に密着してその発展に貢献し、人命救助で表彰され、TVにも取り上げられ、結果的に射和高校の知名度を高めたクラブもまたない。


それゆえ、学校側も問題児集団のサバ研には苦い顔をしつつも、有事の人材は平時の異物であるという定石に基づき、ある程度のことまでは目をつぶるという暗黙のルールが成り立っている。


そもそも、サバ研の起こす不祥事は、悪意から出たものではなく結果的にそうなってしまったという類のものばかりであるし。

 

今回のボヤ騒ぎに関しても、サバ研は学校側に事前に許可を申請して承認されており、前日にも今日の昼休み以降は北校舎の廊下側の窓は開けないようにと全校に告知してあった。それを無視したか忘れていた生徒が不用意に窓を開け放っていたことが今回の騒ぎに発展したのだから、実のところこの件においてはサバ研に落ち度はない。



葵が北校舎の裏に回ると、そこにはドラム缶を改造した燻製窯スモーカーが何本か並んでいて、それらから白い煙がモクモクと立ち昇っていた。


サバ研はこのスモーカーを使って定期的に、ベーコンやウインナーやジャーキーといった燻製作りをしている。


出来上がった燻製は校内販売されたり、地元のレストランや土産物屋に卸されたりしてサバ研の主な収入源となっている。


元々は部費の支給がなかった同好会の頃に活動費用を賄うために始めたものだったが、その出来栄えの良さと値段の安さから評判になり、サバ研の作る燻製の主力商品であるベーコンは、『サバ研ベーコン』の名で親しまれ、今や地元の特産品に数えられている。


ベーコン以外でも、単価の安いジャーキーやウインナーなどは射和高校の教師たちのおつまみや生徒たちのおやつとして人気が高く、サバ研の燻製の虜になった人間はサクラを燃やす煙の匂いを嗅いだだけで口の中につばが涌いてくるほどだ。


葵も、辺りに充満する煙の匂いに、噛めば噛むほどに旨みの染み出してくるジャーキーの味を思い出して思わず頬が緩みそうになった。


なんのかんの言いながら、結局は葵もサバ研の燻製の熱烈なファンの一人なのだった。


はっとして表情を引き締める。


や、駄目駄目! あたしはあいつらに文句を言いに来たんだから、こんな誘惑に屈するわけにはいかないわ!


葵は煙の下を掻い潜ってサバ研のスモーカーに近づいた。が、当然いるはずのサバ研の連中の姿が見当たらない。

 

あら? 誰もいない? 


さらに一歩踏み出した瞬間、右足が不意にズボッと地面に沈み込み――。


「きゃあぁぁぁぁああっ!?」

 

何が起きたのか理解できぬまま、視界が上下逆さまになる。


軽い脳震盪でクラクラして、数瞬遅れでようやくブービートラップに逆さ吊りにされている事に気づく。

 

あ……あ……あいつらぁ――――!!

 

厳格な生徒会長像が一瞬で木っ端微塵に砕け散るような、恥ずかしい姿でこまのようにクルクルと回転している自分。

 

い、いったい、なんのつもりなのよ!? これ!?

 

とにかくスカートを押さえようとしたが、片足吊りという不安定な状態で、しかも縦揺れと横回転が加わっている現状では無駄な努力でしかなかった。


せめてもの救いは、煙が煙幕になって校舎からはこの葵の恥ずかしすぎる姿が見えないことと、これを仕掛けたであろうサバ研の連中の姿が近くにないことだったが……。


――ピイィィィィ!!

 

突如として鳴り響くホイッスル。


「かかったぞ!」「よし、確保じゃ!」「地上部隊、逃げ道を塞げ!」「了解でやす!」「屋上部隊、ロープ降下ラペリング開始だ! 参謀、軍曹、俺に続けぇ!!」「あいよぉ」「了解であります!」

 

どこからか聞こえてきた複数の声と同時に、地面から四人の人影が飛び出してくる。どうやら塹壕を掘って隠れていたらしい。


それと同時に校舎の上から三本のロープが葵のすぐそばに落ちてくる。これを使って屋上から降下してくるつもりらしい。


「いやぁぁぁ!! ばかばかっ! 来るなぁぁぁ!!」


「ハング・ラペリング、開始!」

 

葵の叫び声虚しく、屋上の三人の人影が同時に後ろ向きに飛び出し、壁に二回足を付いただけで三階建ての校舎からほんの数秒で地面までロープ降下してきた。


地面に足がつくと同時に展開し、葵を三方向から包囲する。


「やだ! ばかぁ! 来るなってば!」

 

半泣き状態で叫んだが、正面から一人が近づいてくる。


「やっと捕まえたぞ、燻製泥棒。俺たちが丹精込めて作った燻製を何度もちょろまかしやがって」

 

煙の向こうから聞こえてくるサバ研部長【隊長】こと茂山しげやま 大介だいすけの声に葵は猛然と言い返した。


「盗ってないわよ! ばか大介! あんたは泥棒ごときにここまでするのか!?」


「ふっ。獅子は兎を倒すのにも全力を尽くすものだ。なあ、参謀?」

 

大介と共にロープ降下してきた一人がけだるそうな口調で答える。


「……あー、大介よ。おれぁなんか、ものすご~く嫌ぁな予感がするんだが」

 

そして、ついに大介が煙の向こうから姿を現す。


180㌢近い長身で細身ながらがっしりと筋肉のついた身体。特徴的なツンツンの短髪。腰のベルトに取り付けられた降下器が歩くたびにチャラチャラとキーホルダーのような音を立てる。


「さあ、俺たちの燻製を盗んでいたのはどこのどいつだ?」

 

大介と葵が正面から向き合い、大介の目が驚愕に見開かれる。


「あ、葵!? お前が泥棒だったのか!?」


「違うわっ! ばかっ! いいから早く降ろしなさい!」


捕まっているのが葵である事が判明した瞬間、なんとなく事情がわかったらしい煙幕の向こうのサバ研部員たちの間になんだか申し訳なさそうな、白けた空気が流れる。

 

サバ研の起こす不祥事の後始末にいつも追われる生徒会。それを代表して葵がサバ研に文句を言いに来るのはいつものことだ。


「……とりあえず葵ちゃんを降ろすぜ。あーお前ら、見たいのは山々だろうが武士の情けだ、後ろ向いとけ」

 

近づいてきたサバ研の副部長である【参謀】こと坂東ばんどう 一成かずなりが、葵の痴態を見ないようにそっぽを向きながらどこからともなく取り出したナイフで葵の足を吊り上げているロープを切る。


「おっと」


重力の法則に従って葵は頭から地面に落ちかけたが、大介に途中で抱き止められてお姫様抱っこで地面に降ろされた。

 

ようやくこの恥辱的な罠から開放された葵は地面にアヒル坐りでへたりこんだ。


そんな葵のそばに大介が片膝をつく。


「葵、大丈夫か?」

 

何事もなかったかのように尋ねてくる大介を、葵は涙目でキッと睨み返した。

 

なにが、大丈夫か? よ! あたしにあんな恥ずかしい格好をさせといてどの口がそんなことを言う!? しかもあたしのそんな姿をしっかり見ておきながら、なんなのよ! その淡白な態度は!? あーもうっ! ムカつく! ムカつく!! ムカツクッ!!

 

核融合反応のごとく葵の怒りが連鎖的に膨れ上がっていく。


「……あー、とりあえずここはおれらにまかせて、お前らは先に戻ってくれ。作戦終了一二五〇ヒトフタゴーマル


この後に起きることをなんとなく悟ったらしい一成が他のメンバーを解散させ、その場には大介と一成の二人だけが残った。


ちなみにこの二人は葵にとって小学校以来の幼馴染だったりする。

 

大介が恐る恐る声をかける。


「えーと、葵?」


「なによっ!?」

 

あたしにこんな恥ずかしい思いをさせたんだから、中途半端な謝罪では絶対に赦してやるもんか、と心に決める。


「まあその、恥ずかしい思いをさせたのは謝る。だけどな……」

 

ちなみに大介は密かに【フラグブレイカー】とも呼ばれている。その由来は――


「これは自業自得ってやつだぞ? いくら幼馴染だからって勝手に燻製を持っていくのは泥棒だし、そもそもお前になら、盗りにこなくたってちゃんと分けてやったのに」


「……ああ、馬鹿」

 

一成がこめかみを押さえ、葵は何を言われたのか一瞬理解できずに頭が真っ白になった。


そして、その次の瞬間――


「このっ! ばか――――――!!」

 

全身全霊を込めた葵の右掌が大介の頬に炸裂していた。







【作者コメント】

ガチサバイバルのおっさんJK漂流記と違い、こちらはあくまで高校生の部活としてのサバイバルにつき、少々緩めでラブコメ要素強めとなっております。よければこちらもどうぞお楽しみください。

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