第12話 外食へ②

『ジュー』と高温で肉を焼いていく音。金網に油が滴り落ち、食欲をそそる匂いが広がる。

 二人は注文を行いながら食事の準備に入っていた。


「はい、とりあえずこれあげる。私が焼き育てた牛タン。めっちゃ美味しそうでしょ」

「お、ありがと」

「はーい」

 トングで焼き加減抜群の牛タンを掴み、修斗の取り皿に入れてくれる彼女。


「あ、キャベツとピーマンもいい感じだけど食べる?」

「いや、お肉がいい」

「ぷっ、いきなり子どもっぽくなるじゃん」

 美容院では頼り甲斐があり、大人っぽい修斗のこの発言は笑いを誘うもの。

 口元に手を当てながら肩を揺らしている律華である。


「栄養偏っちゃうけど大丈夫なの? お仕事忙しいんだから、食生活は考えないと」

「まさか学生にこんな注意をされる日がくるなんて思わなかったよ」

「私も凄腕の美容師にこんな注意をする日がくるとは思わなかったよ」

 冗談混じりに言い返す彼女は、自身の取り皿に焼いた肉と野菜を乗せた。

 モデル仕事をしているだけあって、偏りのない食事を心がけていることがわかる。


「ま、ごちゃごちゃ言っちゃったけど、栄養気にせず好きな物をガツガツ食べる人の方が男らしくっていいと思うけどねー」

「それはどうも」

「ただ、彼氏相手には厳しくなっちゃうけどね。無理やり栄養バランスを取らせるからさ? カレーを作る時は野菜ゴロゴロ入れちゃうし」

「おお、それは立派だね」

「うん! 凄いでしょ」

 ふふん、と言わんばかりにカッコつける律華は、レモンだれにつけた牛タンを口に入れ、ナプキンで口を拭く。


 そんな姿を見て、

(まあ彼氏いたことはないんだろうけど)

 なんてツッコミは心の中でする。先ほどの件をしっかり生かしている修斗なのだ。


「って、律華さんは料理もできるんだ? まだ18歳だよね?」

「あ、まだ言ってなかったっけ? 私が通ってる学校ってかなり特殊だから毎日通わなくていいんだよね」

「特殊?」

「そう。登校するのは一週間に2回くらいだから暇な日も多いわけ。そんなわけで料理とかして暇な時間を潰してるからさ」

「あー。そっか。確かにモデル業をしながらだと通信制の学校が一番都合いいか」

「っ! よくわかったね。私が通信制の学校に通ってるって。わからない人結構多いのに」

「まあ、自分が通信の卒業生だからね」

「ええっ、そうだったのっ!?」

「うん」

 目を丸くして年相応に驚いている彼女にコクと頷く。


「時間さえあればカット練習できる環境が整ってたから、自由の効く学校を選んだからね」

「お兄さんはやっぱり立派だねー。ちゃんと将来を見据えて学校を選んでさ」

「なりたい職業が決まってただけだよ。とりあえず経験を積みたかったからね」

「なんか嬉しいかも。通信に通ってた人を見つけられて。私の周りには誰もいないんだよね」

「珍しい進学先だからね。気持ちはわかるよ」

 学生の頃、通信制を選んだのは自分のみだった。つまり、学年で一人だけ。

 言い方は悪くなるが、あまりメジャーとは言えない進学先と言える。


「それで学校は楽しく過ごせてるの? 律華さんは」

「全ッ然楽しくないよ。いつも一人ぼっちだし」

「あはは、俺もそうだったよ。クラスメイトと毎日顔を合わせるわけでもないから友達も増えないよね」

「そうそう。友達本当できないんだよねー」

 懐かしさを覚えながら会話する修斗だが、現役が通っている律華は険しい顔をしながら同意している。


「それに中学じゃイジメられてたから、遊ぶ友達もいないんだよねー私」

 平気な顔で言う彼女であるために、重い空気になるわけもなく、修斗は簡単に言い返すことができる。


「過去のことはどうにも言えないけど、今は友達が一人増えたでしょ?」

「え? 私に友達だよ? 誰?」

「誰ってここ」

 そこで当たり前の顔をして自分に指をさすと、キョトンとした顔をする彼女。

 だが、言ったことをすぐ理解したのだろう。


「ふふっ、なるほどね。そうやって上手に取り入ってお客さんを逃さない魂胆ね。それがお兄さんの戦略ってわけね」

 形の整った眉を動かしたと思えば、『ありがとう』の言葉を伝えるように、もう一個牛タンを取り皿に置いてくれる。


「別にそんな魂胆はないって」

「本当―?」

「うん。まあ、友達よりは恩人って言い方の方が正しいかもだけど」

「恩人? 私なにかしたっけ?」

「SNSでシャルティエの宣伝をしてくれたでしょ? あのおかげで本店も支店もお客さんの予約が多く入ってね」

「ありゃ、宣伝したのバレてた? サイレント投稿だったんだけど」

「もちろん。すぐにわかったよ」


 いきなりの予約増加に店長もオーナーも驚いていた。

 もちろんその原因はすぐにわかり、スタッフ全員に伝わった。

 モデルの律華が宣伝してくれたおかげだと。


 その結果、この客足を捌けたのなら『追加でボーナスを出します』との連絡がオーナーから届き、いつも以上に活気づいた仕事場が生まれているのだ。


「さすがはモデルさんって言えばいいのか、影響力が本当に凄いね、律華さんは」

「いや、そんなことないよ。ってか、私が勝手にしたことだから恩人とかじゃないって」

「オーナーが凄く喜んでいたよ。お礼を伝えておいてくれって」

「な、なんかそう言われると照れるじゃん……」

 近況を伝えた途端、視線を泳がせる律華は肉と野菜の焼き加減を見始めた。

 気を紛らわせようとしているのだろう。


「って、予約が多く入ったのは私のおかげじゃないよ?」

「そんなことないと思うけど……」

「私の力ってより、美容院の評価が元々高かったから予約が多く入っただけだよ。いいとこ取りだよ、私がしたことって」

「謙遜しなくていいのに……」

 彼女が宣伝をしなければ、予約が倍増することはなかったのだ。

 美容院にどれだけの力があろうが、導線を作ったのは律華に力だ。


「謙遜じゃないよ? だって私はまだまだこれからだし」

「お、言うねえ」

「お兄さんのおかげで生き方を変えようと思ったしね。イジメてきた相手を見返してやるって」

「ははっ、そうだね」

「もっと活躍してやるもんねっ。はい、グーして」

「はいはい」

 当然と左手を握り拳に変えて近づけてくる彼女を真似し、拳を合わせる。

 焼肉屋ですることではないが、それくらいに伝えたい気持ちだったのだろう。



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