第11話 外食へ
「焼き肉屋さんの雰囲気ってなんかいいよねー。いい匂いもするし」
「それわかるかも」
外を歩いて10分。
二人は近場にある
夜も遅いために客のピークは過ぎたのだろう。店内は少し余裕があり、空きを待つことなく席に着くことができた。
「はい、お兄さん。お先にメニューどうぞ」
「あ、ごめんね」
年下だからだろう、気を遣ってメニューを渡してくれる。よくよく思い返してみれば、席に座るタイミングも修斗の方が先で、彼女はその後に座っていた。
口調はかなりラフなものの、モデル業をしているかあらか、18歳には思えない行動が多々見受けられる。
「へえ、初めてきたけどメニューが豊富なんだね」
「美人な人連れて高いところばっかりいってそうだもんねー、お兄さんは」
「焼肉にいかないだけなんだけどなぁ……」
「ふーん。ならいいけど」
「ええ?」
なにが『いい』のかわからない修斗だが、『美人な人連れていない』ことが知れたことへの『いい』である。
「さて、注文はどうしよっか? 食べ放題にする? 単品にする? お兄さんに合わせるよ」
「えっと、それなら食べ放題でいい? ちょっとゆっくりしたい気持ちもあって」
「もちろん平気。正直、私もその気分だったから」
目を細めてコクコク頷く彼女。こちらの選択で正しかったようだ。
「じゃあお互い仕事を頑張ったってことで、一番リッチな堪能コースにしちゃお? 飲み放題つきで」
「はーい」
さすがは焼肉が大好きな彼女だ。一番メニュー数が多く、希少部位が食べられるコースを選んだ。
この堪能コースでも5000円以内に抑えられているのはさすがだろう。人気に店になるのも納得だ。
「あっ、お兄さんはソフトドリンクじゃなくて、アルコールの飲み放題の方がよかったりする?」
「いや、帰りは運転だから律華さんと同じソフトドリンクで」
「へー、お兄さん免許持ってるんだ? めっちゃ羨ましー」
と、律華はこのタイミングでキャップを取り、黒のマスクを外した。
細く整った眉に、赤色をした大きな猫目。色白の肌に筋の通った鼻。肉付きの薄いピンクの唇。
メイクを施しているからだろうか、18歳にしてはかなり大人びた顔立ち。
身バレを防ぐためだろうが、キャップとマスクで顔を隠すのは本当にもったいないと思えるほど。
この姿を見るのは、カットをした時以来の二回目である。
「ふう、スッキリっと」
「……」
「あー、もしかしなくても見惚れてたでしょ? 私が嬉しがることちゃんと言ってね」
この言葉を続けて言えるのは彼女くらいだろう。
「じゃあ見惚れてました」
「うわ、丁寧語だし。って、『じゃあ』も余計だし!」
「あははっ」
素顔のままツッコミを入れてくる。
「でも、やっぱり伊達じゃないね。モデルさんは」
「ふふ、ありがと。褒め言葉として受け取っとく」
余裕があるように微笑を浮かべた律華。お世辞として受け取っているようなこの反応は、普段から言われ慣れているからだろう。
「って、今さらなんだけど、律華さんは自分と二人きりでこんなところにきてよかったの? 帽子くらいは被ってた方がいいんじゃない?」
「平気平気。事務所もそこら辺のことは『各自で判断しろー』ってことだし」
「それ、暗にやめなさいって言ってるように聞こえるけど……」
「私バカだからそんなのわかんないし、プライベートで好きなことができない事務所なら変えるつもりだしね」
『カッコいいでしょ?』なんてドヤ顔を作っているが、そうは言っても気になることがある。
「えっと、じゃあ身バレも気にしてないの?」
「あー。キャップとマスクをしてる理由は変な人に絡まれないようにするためだよ。前までは普通に出歩いてたんだけど、知らない人につきまとわれるようになってさ」
「えっ、それ大丈夫なの?」
ケロッと話しているが、そんな簡単に済ませていい話ではない。
「対策をしてからはちゃんと収まったからね。それに私は雑誌を中心に仕事をしてるから、元々の知名度が高いってわけでもないし」
「とは言っても……知ってる人は知ってるわけだからもっと用心した方がいいよ。なにかあった時には遅いと思うし」
「心配ありがとね。でも、お兄さんだってこんな経験の一つや二つあるでしょ?」
「さすがにないよ。そんなことは」
「ないの?」
「うん。つきまとわれたりしたことはないって」
「ほう。『つきまとわれたりしたこと
面白い話が聞けそうと言わんばかりにコテリと首を傾け、白い歯を見せてくる。
一つ一つの仕草が絵になっているのは気のせいではないだろう。
「お客さんから合コンに誘ってもらったり、遊びに誘ってもらったりしたくらいだよ。もちろん断ってるけど」
「あ……。ちょっと待って」
「ん?」
「私こそ今さらになるんだけど、お兄さんは私みたいなお客さんとご飯行くのって大丈夫なの? 美容院によっては禁止してるところもあるって聞くけど……」
眉尻を下げながら、バツが悪そうに確認を取ってくる。
「あ、先に説明してなくてごめんね。シャルティエも自己判断になってるから大丈夫だよ」
「ほっ、それならよかった。今日は私が無理やり誘ったから、断り切れなかった可能性もってね」
「まあ、普段は仲良くなってからって感じなんだけど、悪くないね、こういうのも」
「確かにそうだけど、お兄さんはあんまり誘いに乗らない方がいいと思うよ? 失礼を承知で簡単に騙せそうって言うか、変なのに引っかかりそうだからさ」
「ええ……。よ、四つ下の子にそんなこと言われるとは思わなかったよ」
心配して言ってくれているのはわかるが、未成年に言われると面目立たない。
「でも、それがお兄さんのいいところだよ? 話しやすさとか、近寄りやすさは美容師って仕事にもいい影響を与えてると思うし、二、三回しか顔を合わせていない人をご飯に誘うの、私初めてだし」
「そうなの? 自分も失礼なこと言っちゃうけど、かなり手慣れてるように見えたけど」
お互いに無礼講である。
「手慣れてるとか酷すぎー。これでも貞操概念めっちゃ硬いんだからね? 私」
「嘘だぁ……」
「本当だって! 告白されてからじゃないとキスはしないし、付き合ってからじゃないとソンナコトはしないし、手を繋ぐのも緊張するし」
「ん? 最後のはウブなだけなんじゃ……?」
「っ!」
途端、墓穴を掘ったように頬を朱色に染める律華である。
「いや、ウブじゃないし。モテモテだし私は」
「確かにそうだとは思うけど……お付き合いした経験とか聞いても?」
「なに?」
「お付き合いした経験とか」
「あれ、なんでだろ。お兄さんの声が聞こえなくなった」
「え?」
「あ! メニュー決まってるしそろそろ店員さん呼んじゃうね」
——ポチ。
そこで呼び出しベルを押した彼女は、両手をうちわにするように扇いでいる。
「ふう、とりあえずお兄さんが焼き育てたお肉奪っちゃお」
「え? ちょっと待って。話が少し違くない?」
「モデルにウブとか変な言いがかりつけたんだから、責任取ってもらうし」
「……」
口を尖らせながら腕を組む彼女を見て修斗は思った。
彼女のコンプレックスに触れてしまったのかもしれない、と。
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