第9話 side、満足律華
『みんなちょっとこれ見て〜! 今日、美容院でめっちゃ可愛いセットしてもらった!』
シャルティエを抜け、数時間後のこと。
自宅に帰った律華はTwitterとInstagramにて写真つきの投稿をしていた。
もちろんハッシュタグにはシャルティエの名前を入れ、宣伝を忘れずに。
モデルとして活動している律華は日々、こうした投稿を忘れずに常日頃から行っている。これが自身の宣伝にもなり、仕事をもらうキッカケになってもいる。
「……うわ、反響ヤバ。いつも以上かも」
どちらのSNSアカウントとも25万人以上のフォロワーがいる彼女がする宣伝はなんにしても反響がある。
『その美容院、今度私もいくよ!!』
『実は通ってます! お友達にも勧めました!!』
『うわああああ、律華さん今日そこにいたの!? もしかしたらすれ違ってたかも!』
コメントの多くは『気になる!』『行ったことある!』『オススメ!』の三つ。
そして、それに負けないコメントもあった。
『ちなみにカットは誰にしてもらったんですか? よければ教えてください!』
『どの美容師さんにセットしてもらったんですか!?』
『セットしてくれた美容師さん教えてほしいです!』
律華がここまでフォロワー数を伸ばしているのは、モデル業をしながらもみんなと距離が近いところ。
全部とまでは言わないが、もらったコメントの多くにいいねを押し、返信をするのだ。
この行動は有名になってからも続けていること。だが、今日だけは少し違う行動を取っていた。
『美容師は誰か』のコメントだけは避けて返していたのだ。
「ん、予想はしてたけどやっぱり気になるところだよね……。可愛いセットだし」
クスッと微笑みながら、独り言を漏らして。
「さて、どうしようかな……」
イニシャルを出すも出さないも律華の自由だが、教えた方が修斗にとって大きなメリットになる。
だが、それはそれで考えもの。
今回、修斗のカット予約を取るだけでも数日かかったのだ。
この仕事状況でさらに客が増えるとなれば、次、いつ予約をできるかわからない。
それは律華にとってマイナスなこと。
「……このくらいの自分勝手はいいよね、別に」
素敵なセットをしてくれた。楽に接することができた。話の流れからではあるも、悩みを相談することもできた。
こんな美容師は貴重でしかない。
それにもう一つ——。
「なんか他の女の人に取られるのは
一対一の個室空間。
今日のような体験をたくさんの人にされるなんて想像すると、ちょっとモヤッとした気持ちになった。
「んー。とりあえず……これでいいかな。教えない方があのお店にとって利益になるだろうし」
名前を出さなければ一人に集中するわけではなく、全体的に広がっていく。全体の回転率が上がれば大きな売り上げに繋がる。
自身を納得させて返信を打ち込む。
『そこは許可取ってないからごめんね』
『さて、誰だろね?』
『内緒!』
こうして隠し通す文面を。こうすることで迷惑をかけることもなくなる。
そして、ずっと待っているものがある。
「ん〜。お兄さんからの連絡遅いぞ? お客さんだから無視はしないと思うけど……」
なんて自身を納得させながら、一時間ほどファンとのやり取りを続けていた時だった。
『テテテテテテン〜』
と、リズミカルな音楽がスマホから鳴る。電話である。
「あ、お姉ちゃんだ」
液晶には姉の名前。律華はすぐにボタンを押して耳にスマホを当てる。
「やっほー、律華」
「やっほ。って、どしたのお姉ちゃん。いきなり電話なんかかけてきて」
『いい髪型になったね、って一言言いたくって』
「わざわざありがと。でもこれ、髪型自体はそんなに変わってないんだよ? 外ハネもアイロンだからすぐに戻るし」
『そうなの? かなりイメチェンしたように見えたから意外かも。かなり腕のいい美容師さんを指名できたみたいね』
「まあね。超いい美容師にカットしてもらった」
『へえ。誰にカットしてもらったの?』
「ちょっと待って。答える前に質問。お姉ちゃんも気になってるやつ?」
この内容にちょっぴり警戒を覚える律華だが、要らぬ心配である。
『気になると言えば気になるけど、アタシの知り合いが律華のこと担当してくれたんじゃないかって思って。美容院がシャルティエさんだから』
「それ本当!? ちなみに本店じゃなくって二号店の方だよ?」
『あ、ならなおさら当たっているかも。いつも通り女性の美容師さんにお願いしたでしょう?』
「ううん、男」
『えっ!?』
そこで姉からの声が止まる。
知り合いの美容師ではなかったことがわかった瞬間でもある。
『律華が男性を指名するなんて珍しいね……。普段から女性の方がセット方法もわかってる等々言っていたのに』
「そんなこと言ってないしー」
『とぼけちゃって。実はステマだったり』
「完全にプライベートだって! 満足させてもらったから少しお礼をしただけ。実際、あの空間をみんなにも体験してほしいと思ったし」
『律華がそこまでするってことは相当気に入ったのね』
「ん」
そうして一段落すると、少し前の話題になる。
「それでお姉ちゃんの知り合いの美容師って? セット方法とか似てるところがあった感じ?」
『似ていると言えば似ているかも。名前は乃々花ちゃんって言うのだけれど、髪スマで一つ星を受賞されている腕のいい美容師さんなの』
「え、マジ? あの美容院って本当凄い人だらけじゃん……。私が担当してくれた美容師も二つ星で受賞してたし」
『ん? 二つ星……? そんな美容師さん支店にいたかな』
修斗が支店に配属されたのはここ最近のこと。律華の姉が知らないことも無理はない。
「知らない? 修斗さんって美容師。なかなか予約が取れなかったから人気の美容師だとは思うんだけど」
『修斗さん……。あ、その名前どこかで……』
思い出しているのだろう。姉からの声が数秒止まる。
そして、『あ!』と声を出すのだ。
『思い出した! それ乃々花ちゃんの大好きな美容師さんだ!』
「は!? な、なにそれ! 意味わかんないし!」
『何度か話してくれたのよ。最年少で働いている美容師さんのこと。尊敬している人が多いらしくて、『大ファンだ』って乃々花ちゃん言ってたから』
「ふ、ふーん! いらない情報ありがとー」
初めて聞く情報にムスッと頬を膨らませながら棘のある感謝を伝える律華。
『あらら、ヤキモチ焼いちゃったの? 相変わらず独占欲が強いんだから』
「別に焼いてないし」
『本当―? 正直に言ってくれてもいいんだよ?』
「本当だし。ただ驚いただけだし!」
声のボリュームを上げて否定する律華だが、図星を突かれたように赤面させているのだった。
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