さらいに行きます、異世界へ

浅瀬

第1話 「この世じゃねぇんだよ」



 こめかみに貼られたバンドエイドを指先ではがす。


 ワイドサイズのバンドエイドは、白かった部分が真っ赤に染まり、押さえきれなくなった血が涙のように頬にしたたってくる。

 もうバンドエイドの意味をなさなくなったので、はがしてしまった。


 静岡はおしぼりを手にとって、こめかみを押さえた。浅い切り傷なので血はやがて止まった。


 目の前に座る相手を刺すように見る。


 賑わう食堂の奥にあるテーブル席で、二人の男は殺気をたたえて向かい合っている。


 丸いサングラスをかけ、前髪をなでつけた男がにやりと笑った。

 はやく食べろ、と大皿に盛られた肉炒めを右手で握った小さいナイフで指す。


「ここの肉は美味い。熱いうちに食え」

「……いただきます」


 勧められるまま、箸を握った。


 大皿の肉をはさんで口に押し込む。頬をふくらませて咀嚼しながら、テーブルの下の左手は拳をきつく握りしめていた。


 今ではないが、いつか必ずこの分は返してやる、と心に決める。


 静岡は肉を次々頬張っていく。

 口の中で繊維を噛み切りながら、瞳をぎらぎら光らせた。


 男はそんな静岡を面白そうに見ている。


「……どうだ。次の仕事はやれそうか」

「やりますよ」

「出来るのかと聞いているんだ。今日みたいに失敗したら次は喉を掻き切るぜ」

「やりきりますよ」


 大皿の肉だけ食べきってしまうと、静岡は皿を男の方へ押した。それからまた別の皿に箸を突っ込んで、肉だけをつまむ。


「女をひとり攫うだけじゃないすか。すぐ済みますよ、きっと」


「普通の女じゃないけどな? いや、普通の世界の女じゃない」


 静岡が手を止めて男を見た。

「俺たち以上に普通じゃない世界なんてあるんですか」

「あるんだよ」


 サングラスを指で押さえて、男が胸ポケットから奇妙な古地図を取り出した。

「この村に行け」

「どこすか」

「いいから黙ってこの村にいる娘を連れてこい。詳細は後で言う」


「これって日本じゃないすよね」

 静岡は破れそうなほどくたびれた古地図を指でつまんで、裏返してみた。


 読めない文字で何かが書かれている。


「どこの国ですか」


 男がハイボールをあおった。からん、と氷がグラスの中で鳴る。


「この世じゃねぇんだよ」

「はい?」


「……異世界っつう所だ」


 いせかい。

 伊勢エビを思い浮かべながら、静岡は口の中のものをごくりと飲み下した。

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