039 笑顔のない笑いを浮かべる君へ

「…………」

『……』


 ……それで、対策の話は終わったというのに、まだ少女は実体化していて俺のことを見つめてくる。まるで何かを言いたそうにしている感じだ。


「……なんだよ。まるで何か言いたそうだな」

『アンタさ、戦う意思は無いの?』

「前にも言っただろ……俺には向いてないんだよ、そういう勝負事は」


 欲が無いのだから、願いを叶えるための戦いに参加する意味がない。それは純粋に願いを求めてこの戦いに参戦した人に対する妨害であり、侮辱でもある――そう感じるのだ。

 俺が今戦っているのはこの村を守るためだ。語り手のせいで危機に陥っているのだから、同じ語り手である俺がどうにかするしかない――


『文句が言いたいわけじゃないんだけど、アンタのその辺って矛盾してるわよね』

「……矛盾?」

『戦いへの不干渉を掲げながら、実際は守るため~なんて理由を盾に、この戦いに思いっきり干渉しているじゃない。戦いたくないけどこの村を守るために戦う。こんなの矛盾と呼ばずなんて呼ぶの』

「……でも、俺には願いなんてないし」

『それも盾――言い訳ね。だったら願いを作ればいいじゃない。この村を守るって理由を作ってね。そうすればアンタのやろうとしていることにも筋が通るってもんよ』


 つまり、今俺がやっていることは筋が通っていない……か。

 そう言われてしまえばそうだな、としか俺は言えない。否定する権利が無い。


『アンタはね、もっと欲を持ちなさいよ。どうせナイーブな思考で「俺にはそんな資格は無い」とか、そんなことを考えてるんでしょうけどね、人間もっと自分勝手で欲深く生きていいものじゃない。アンタは人間にしては真面目過ぎるのよ』

「真面目過ぎる……?」

『そ。そんな感じにナヨナヨしてたら見てていい気分になんてならないわ。物語の人物はね、魅力的でなきゃいけないの』

「別に俺は物語の人物じゃないし……でも真面目過ぎる、か。そこはアドバイスとして受け取っておく」


 別視点からの客観的な感想は自分自身を見つめなおすのに役立つだろう。だからその意見を素直に受け取ることにした。

 ……それで話は終わった。あとは夜が明けるのを待って再び捜索へ赴くだけ、なの、だが……


『…………』

「……」


 ……なんでまだ何か言いたそうなんです?

 まだ少女は実体化していて、ジーッとこちらを見つめている。


「どうしたんだよ。まだ何か言いたいのか?」

『うん。それでさ、戦う気にはなった?』

「ッ、どうしてそんなに俺へ固執するんだよ? 別に俺じゃないやる気のある語り手を探せばいいだろ!?」


 まあ、そんな簡単に見つかるものではないとはわかっているのだが。でも俺に戦いをさせようとする理由がわからない。

 俺なんかよりも真っ当な人間――欲深い願いがあって戦う意思を持った人間を見つけ出した方が彼女にとっても利になるはずである。

 俺とこうして仮契約してるのは、一時の止まり木のようなものなのだから。


『前にも言ったと思うけど、私はアンタのことが気に入っているのよ。手放すのは惜しいって思えてね』

「気に入っているって、どこがだよ」

『さっき指摘した部分を除けば、性能面では全部かな。戦いも申し分ないし、やる時は真面目にやってくれるし、それに……』

「……それに?」


 言葉が突然詰まって止まったから、追及するように尋ねる。その際少女の方を見ると、俺から意図的に視線を外して宙を眺めていた。


『それに……ちょっと、ちょっとだけ楽しかったから』

「楽しかったからって、何がだよ」

『物語じゃない人間と話すのって私、これが初めてだし……アンタと私って性格が真逆っていうか、全然違うから違う意見を聞けて新鮮だし……あ、あとご飯も初めて食べた! それが美味しかったし……』


 ご飯が美味しかった、か。そういえば味覚は共有しているんだったっけ。そんなことを言っていた記憶がある。


「別にご飯ぐらい、誰だって食べられるだろ。俺である必要はないと思うんだが」

『だって本来は食べる必要なんて無いのよ? だったらご飯なんて食べる必要が無くて便利だ~って契約した人は思うだろうし……』

「そういうもんか?」

『ん。きっとそういうもんよ』


 少女みたいに断言はしないが、確かに便利だと思って食事は蔑ろにしそうかな、とは思う。俺は精神的に我慢できなかったから食事を摂ったりしたけれど。


『だからね、私はアンタ自身の願いを叶えてほしいと思ってるの。気に入った人間の幸福を願うのは別にいたって普通のことでしょ?』

「それはまあ、そうかもしれないけれど……」

『そうすれば、アンタは心から笑ってくれるかなって――』

「――なんだって?」


 突然胸の内を推測されて、俺は食い入るように口を挟んだ。

 心から笑ってくれるか、だって? なんだその、まるで俺が本心では笑っていないみたいな言い方は――


『だってアンタ、人当たりの良い笑顔は浮かべるけど、人付き合いのために笑ってる感じじゃない』

「――――」

『図星を当てられると怖い顔するの、アンタの癖よね。やっぱりそうなんだ』


 ……自覚は無いけど、そうかもしれないと思うことは何度かあった……いや、そうだと薄々自覚はしていた。

 心から笑っていない、か。

 でも、そう言われたからって今すぐに変えられるものではないだろう。試しに笑ってみるが、やっぱり心の片隅にそれを無関心に眺めている自分が居る気がする。


「……何時からこんな歪んじゃったんだろう。大人になるって、こういうことじゃない筈なんだけどな――」


 少女から視線を外して、天井を見つめながらごちる。

 無意識に口にした問いだったが、それが本心からの疑問なのだと俺は今更知るのだった。

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