028 ウラガワ

「――ククッ、クククク」


 暗い影の中、思わず笑みが零れた。

 笑わずにはいられない。こんなにも嬉しいのに、淡々と喜べるはずがなかった。


「ああ――本物だ。彼女は間違いなく本物だ。ああ、本物、本物、ホンモノ――」


 甘味を口の中で味わうように、何度も“本物”と口にする。

 その度に喜びが胸から溢れてくるあたり、やはり彼女は間違いなく本物であると確信を持てる。


「なんだろう、ゾクゾクする! アレが欲しい! 欲しくて仕方ない……!」

『……どうした、また新しいオモチャを見つけたのか?』


――すぐ隣の陰から一人の男が姿を現す。

 俺と瓜二つの姿。俺の相棒。

 俺と同じ価値観を共有しあえる不思議な友達であった。


「オモチャ? いいや、アレはもっと価値のあるものだよ。宝石、名画、太古の遺産――ああ、おっと失礼。よだれが垂れた」

『オレの見た目で変な顔をするのは勘弁してくれよ……』

「それも失礼。でもあんなものを観てしまったら俺みたいな奴はきっと! 全員ン! こんな顔ぐらい浮かべるでしょうよ!」


 頭に残っている彼女の姿を反芻はんすうするように思い返す。

 その度に偶像に対して憧れを抱く。渇望のあまりに頬が緩む。


「ああ、彼女の名前はなんだろう! 彼女の好みは? 性格は!? あの立ち向かう姿は勇敢なのか、恐怖を押し殺しているだけなのか!? ああ、気になって仕方ない……!」

『どーでも良いけどよォ、勝てるのか? そいつに――いや、語り手に』


 相棒の言葉を聞いて、少し冷静になる。

 確かに語り手である以上、あの少女と戦う時がいずれ来る。そうなった時の算段は――


「……真っ向勝負は彼女が何倍も強い……かわいくて強い。でも、上回る策ならいくらでもある」

『獣の軍勢も、毒矢の知識も相手にバレたと思うぜ? もう同じ手は――ああいや、そうか。まだオレ達にはあの手があったな』


 相棒はポン、と肩に手を乗せてクツクツと笑う。コイツはこういう手口が大好きな快楽主義者だ。彼女自身が欲しい俺とは違って、彼女を手に入れる過程を楽しみにしているのだろう。


『いやぁ、お前さんもエグイ考えをするもんだ。オレだって物語でやったことない手口だぜ?』

「でも出来るんだろう? 俺は彼女のその顔が見たいんだ」

『ああ、可能だよ。俺たちには“チート”があるからな……願いにだって手が届くさ』


 意味深な単語と共にヒラヒラと手を振って男は姿を消した。俺の頭の中へ休みに戻ったのだろう。


「――ああ」


 残された空間で一人、もう一度空想する。


「早くその全てを、俺のものにしたい――」


 もしも、あの少女の全てを我が物にできたなら、俺は願いを捨てても良いと思えた――


 ■

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