003 致命的な強襲
俺の体。170cmぐらいあって程々に筋肉質な男らしい体格の、俺の体。
それが今では細く繊細で、少女程度の背丈しかない体にへと変貌……いや、変身していた。
「あ、あわわ、あわわわわ……」
動揺の声が可愛らしくて、更に動揺する。
一体何が、どうしてこうなっているんだ……!?
「何が一体どうなっているんだよ……!? どうして君の姿に俺が!? ってかここは何処なんだよ……! いい加減説明してくれ!」
『質問が多いわ』
「あと君何処!? 姿見えないけど何処にいんの!?」
『だから多いって』
返事だけ聞こえるが、さっきの少女の声は至極冷静なものだ。
なんなんだこの温度差は。もしかしてだが……いや、もしかしなくてもさっきの少女はこの現状について知っているのではないだろうか。
「ッ……すぅ、はぁ……」
一度深呼吸をして冷静になる。確かに俺も慌てすぎだ。冷静に一つずつ、彼女に質問しなくてはラチが明かない。
……自分の息の音だというのに、こんなにも少女らしくて自分の体じゃないと感じるのは違和感でしかなかった。だけど三回ぐらい深呼吸すれば人間落ち着けるものだ。
「……コホン。まず聞きたいけど良いか?」
『ええ、どうぞ』
「……俺の体、どうなってんの」
思わずモジモジしながら尋ねた。胸の感じとか股に何も無い感覚とか、ふとももの付け根とか骨格が男の時とは違う感じ……大雑把に言うなら、女のものになっているのは奇妙な感覚だ。
この奇妙な現状について話を聞かなければ、今後前にも後ろにも進めない気がした。話題も肉体的にも。股関節の造りが男とは違うせいで上手く歩けねぇです。
『それは私の体よ。この異世界で生きるには人間の体よりも物語の体の方が都合が良いもの』
「えっと、それだよそれ。なんだよ、物語の登場人物だとか~って」
『言った通りだけど。私は人間じゃなくて、物語に登場する人物が具現化した存在なのよ』
「…………」
……話について行けない、が、ここで考えるのを止めてしまえばそれこそ物語が終わってしまうってやつだ。
一先ず彼女は人間じゃないという部分は理解し、胸の内にしまいこむ。
「それで、なんで君の体になっちゃったのさ。都合が良いって誰に?」
『そりゃアンタに決まってるじゃないの。人間よりも肉体的に強くて、傷も治りやすい。言わば……そうね、宇宙服みたいなものだと思いなさい』
「宇宙服」
『そうそう。あと身バレ防止機能でもあるわ。この姿をしていたら元々誰なのか分からないでしょ?』
「……身バレ防止」
……物語、終わって良いかもしれない。だって話についていけないんだもの。
『うーん、話についていけてなさそうだから、もっと説明してもいいけど……ちょっと今は駄目ね』
「駄目って……なんでだよ、説明してくれよ!」
そんなところで突然出し惜しみされてはたいへん困る。
こっちは訳が分からない状況に置かれているのに、それを唯一知る少女がこれ以上語らないと情報整理ができな……い……? ん?
「……? なんだ、急に暗くなったぞ?」
確か頭上は明るく拓けていた筈である。なのに突然辺りが暗くなった。
まあ、これだけ不思議なことが起こってるなら自分の周りだけが突然暗くなることだって起きても不思議ではない。かもしれない。
「……ん、なんだ? 雨? なんかぬっとりしてるけど」
『チッ……ねえアンタ! 死にたくなけりゃさっさと逃げなさい! 私だってこんなとこで死にたくないのよ!』
「逃げなさい? 死にたくないって……あれ」
ポタ、ポタ、ポタ。
肩に降ってきた雨が、妙に粘り気を持ちながら降ってくる。糸を引いて、まるで蜘蛛が天井から糸を伸ばして降りてくるみたいだ。
その辺でいい加減違和感を感じて、見上げた。
自分の頭上。そこには図鑑で見たことある深海魚のような見た目の巨大な顔が迫っていた。
『ジャバウォック……! 私に惹かれてやって来たのね!』
「ジャ、ジャバン……何? ってかコイツは何!?」
『あーもう! 鈍いわね! 敵よ敵! 早く逃げなさい!!』
「へ――?」
まるで深海魚のような顔に気を取られて、気がつくのが一瞬遅れた。
“ソレ”はあくまで顔だけだということを。まるで空想図鑑に出てくるドラゴンのような飛膜を持った胴体、翼、そして凄い勢いで迫って来る尻尾。
「――うおおおおぉぉおおわぁああああああ!?」
その一瞬が致命的。
気がついて避けようと思った時には既に背中から深海魚――いや、怪物の尻尾の一撃を受けて吹っ飛ばされるのだった。
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