異世界を賭けた異世界による物語の為のバトルロワイアル ~Alice's in the Another World!~

月夜空くずは

プロローグ 少女と鏡に落ちて

001 ボーイ・ミーツ・ストーリー

 ……ふと、自分の命を天秤にかけてみたことがある。頭の中でそれを皿の上に乗せてみたことを、何度も、何度も。


 もう片方の空いた皿に乗せるのは、いつも“迷惑”についてだ。

 例えば通勤電車に身を投じてみたら、多人数にかかる迷惑はきっと自分の命よりも重いと頭の中の天秤は指し示す。

 例えば今、目の前を走り抜けた車に身を投げても、それに伴う迷惑は自分の命より重いと針が傾く。

 他にも命を捨てる手段は幾つか思いついたけど、どれも他人にかける迷惑を考えると釣り合わない


 ……だけど、このまま自分が生き続けることでかかる迷惑をまた天秤にかけてみると、やっぱり迷惑の方が重いと自分の頭は結論づけた。


「…………ぷはッ」


 缶入りの酒を一気に飲み干して、止めていた息を再開する。

 味覚はもう炭酸の強い刺激しかわからない。アルミ缶を握り締めてベコベコ鳴らしながら、手すりに腕を乗せてその上に顎も乗せる。

 川の上に架けられた大橋の歩道は無人だ。今は深夜だろうか? 時間帯もあって、時々車が通り過ぎるだけで、人の目はほとんど無い。


「……迷惑のかからない、死に方か」


 視線は下を向く。真っ暗闇で何も見えないが、真下は川のど真ん中だ。そこでふと、考える。考えてしまう。

 ……もしも、ここから体を落として死んだら、迷惑になるのだろうか?

 電車に身を投げるよりも迷惑をかける人数は少ないし、通過する車に身を投げるのとは異なり赤の他人に迷惑をかけることはない。

 それを迷惑に思うのは、きっと俺の家族だけだろう。そう、家族だけ――


「…………」


 橋の手すりに片足をかけて、一息で昇って両足を手すりに乗せた。

 手すりは昔遊んだ平均台を思わせる程度の四角形だ。そう考えると、昔を思い出してちょっとだけ楽しくなってしまった。

 楽しさに身を任せて、体を傾けてみる。すると、いとも簡単に体は橋から落っこちた。何も怖くない。

 体は落下する。冷たい奈落へと沈んでいく。


(……もし、これで死ねるなら――)


 親より先に死ぬような親不孝者は地獄に落ちる、だなんて聞いたことがある。ならきっと自分も地獄に落ちるのだろう。

 けれど、きっと地獄ではこんな失敗はしないように頑張ろう――そう期待を託して、俺は目を瞑り、


「――はいちょっと待ったーッ!」

「あ――ッ、ゴホ……!?」


 ドスン、と脇腹に衝撃が走って――気がついたら、地面を転がっている自分がいた。遠くで照明に照らされている地面を見て、ここが飛び込もうとした川のすぐ隣――草の生い茂った河川敷だと理解がやっと追いついた。


「ッ、――ぐおおぉおお……ッ!?」


 あと痛みも少し遅れて追いついてくる。痛い。痛すぎて身動きが取れない。なんじゃこりゃ……!?


「……ねえ、アンタ。まだ生きてる? ちょーっと強く蹴り飛ばしちゃったけど、骨が折れるぐらいで生きてるでしょ? いや、折れたら困るんだケド」


 そんな倒れたところで、横からそんな無責任な声をかけられる。

 声の聞こえた方を向いてみると、そこには……なんと言えば良いのだろうか。よく分からないが、奇抜な格好をした少女が両膝の上に肘を置いて、更に手のひらに顎を乗せて俺を見下ろしていた。


「……? ???」


 小動物のようで可憐な顔つき、瞳は宝石細工みたいだなんて俺に似合わないお世辞が出そうになる一級品。その存在はまるでおとぎ話の住民だ。

 そんな存在にたった今蹴り飛ばされたことに理解が追いつかない。頭の上には“?”がずっと浮かぶ。あと痛い。痛みで思考がまとまらない。


「私には関係ないけど、どうしてアンタは死のうとしてたの?」

「痛っつ……へ?」

「だ! か! ら! なんで死のうとしてたのかって聞いてんの! 今橋から跳び降りてたでしょ、自分の意思で。私が助けてあげなかったら死んでたのよ?」


 ……ああ、思い出した。そうだ、俺は飛び降りて死のうと思って……もしかしてだけど、助けられた?

 余計なお世話を――だなんて悪い思考が一瞬だけ脳裏をよぎったが、そんな思考は噛み潰して消し去る。普通、助けられたのならお礼を言うべきだ。そうに決まっている。


「理由なんて無い……でも助けてくれて、ありがとう。でも君は一体……?」


 こんな夜中に、こんな格好で。その上、俺を助けたと言っているが、一体どうやって。そんな色々な疑問をまとめて俺は一言でそう尋ねた。


「私? ふふん――」


 まるでその質問を待ってましたと言いたげな表情を浮かべて、少女は口を開き、


「――私はね、人じゃないの。分かりやすく名乗るなら、物語の人物、かな」

「…………ゑっ?」


 そんな、反応にとても困る冗談を口にするのだった。


 

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