第11話 新たな影
嶺鷹に言われ、璃羽が連れて来られた場所は、彼女の部屋の隣――嶺鷹に用意された部屋だった。
といっても、本や巻物が並べられた棚がいくつもある書斎で、璃羽は圧倒されるも、見慣れない文字に遠い目を見せる。
――読めない。ま、日本語の筈ないもんな
しかし。
そんな中で、嶺鷹が取り出した一つの小さなメモ帳を見つけると、璃羽は目を丸くした。
それは向こうの世界ではよく見かけたが、こちらの世界ではあまりに似つかわしくない、可愛らしいピンクのチェック柄のメモ帳。
「……これっ……⁉︎」
「あなたに見せたいというのは、これだ」
璃羽は手渡されたその中を開くと、持ち主は女性だろうか、可愛らしい筆跡で、けれど難しそうな数列のようなものばかりが綴られていた。
「何かの計算式?」
「姫は、これが読めるか?」
「うーん……いつななら分かりそうだが……ん、るい? 持ち主の名前か?」
メモ帳の裏側を見ると、端に“RUI”と書かれているのに璃羽は気づいて呟いた。
するとその瞬間、嶺鷹がハッとした様子で彼女に近づく。
「やはりこれが読めるのだな。確かにこれを渡してきた者は、瑠衣と名乗っていた」
「! お前、持ち主に会ったのか? その人は今どこに?」
「今はもう分からない。たまたま行き倒れているのを見つけて介抱しただけだ。見たこともない異国の白い羽織を着ていたので、もしや龍姫なのではないかと思ったのだが、彼女は近いうちに言葉を話す動物をつれた者がやってくるから、その者が龍姫であろうと。そう言って私にこれを残すと、すぐにどこかへ行ってしまった」
「なんだ、それ……まるで私がここへ来ることを知っていたみたいに……」
この世界に落とされたのが偶然ではないと言われているような気がして、璃羽は混乱に頭をおさえる。
すると嶺鷹が、そっと璃羽の耳につけられたイヤーカフに触れながら、そうかもしれないとぼやく。
「嶺鷹……?」
「彼女は、あなたと同じ――この耳飾りをしていた」
「えっ……」
璃羽は絶句した。
このイヤーカフは、いつながつくったものだ。
つまり瑠衣という人物は、少なからずいつなと面識があるということになる。
――あの
「だからお前は、私を見て龍姫だと?」
璃羽の言葉に嶺鷹はしっかりと頷いた。
「いつなに訊かなきゃ」
璃羽はそう思うと、すぐさま彼の所へ戻ろうと部屋の扉を開けた、が。
開けた瞬間――目の前に、忍び装束を纏った男が現れた。
「え……」
その男はまるで影と同化するように気配を絶ち、璃羽たちの様子を伺っていたのか、彼女の姿を認めるなり突然飛び掛かかってきた。
だが。
――シュンッ!
璃羽が悲鳴をあげるよりも早く、横から嶺鷹が間へ入り込むと、瞬時に彼女を背に庇いつつ、男に向かって剣を振るった。
男はその凄まじく速い攻撃を、慌てて躱す。
「ちっ。流石に“龍の爪”相手じゃ、部が悪いか」
刀を構えて睨みを効かせる嶺鷹を前に、忍び装束の男は小さくそう呟くと、璃羽を目の端で捉えつつも素早くその場を去っていった。
無意識に上がっていた璃羽の肩が、ホッとおりる。
「姫。怪我はないか?」
「あぁ、大丈夫だ。今のはいったい……?」
「おそらく忍びの里の者だろう。こんな所まで忍び込めるのは、彼らくらいだ」
嶺鷹は刀を収めながらそう答えると、冷静に周囲を確認しに動いた。
こういうことは日常茶飯事なのだろうか、彼に慌てた様子は一切ない。
長の屋敷だからといって、安心できないということか。
「さっきの奴は、いったい何の為に忍び込んできたんだ?」
璃羽は不憫に思いながらも、あくまで他人事のように訊く。
だが。
「……龍姫の強奪、といったところか」
「えっ⁉︎」
途端に自身が原因だと知って、璃羽はドキッとした。
「情報の早い奴らのことだ。あなたが現れたと知って、討伐隊を動かす為の人質にしようとしたのだろう」
「討伐隊? それって妖魔討伐の?」
「そうだ。彼らの里でも妖魔が続出していて、討伐隊の要請が何度も届いている」
「なのに隊を動かさないのか? なぜ?」
「規模の問題だ。そう易々とどこへでも派遣できるほど隊は大きくはない。どうしても被害の大きい区域から優先せざるを得ないのだ。比べて忍びの里は腕の立つ者も多く、彼らで何とか対処できている為、後回しになっているのだ」
「でも、全く被害を受けていない訳じゃないんだろうな。それで直談判か」
嶺鷹がコクリと頷くと、璃羽は小さくふーんと呟き、こっそり考えを張り巡らせた。
――腕の立つ者が多い忍びの里、か……
「ところで。お前の言い方からして忍びの里の奴らは、龍姫の伝承をあまり信じていないようだけど?」
璃羽は言う。
龍姫を信仰しているなら、人質として捕らえるのはおかしい。
普通に考えて、異世界から来ただけのただの少女一人に、里の命運をかけようだなんて無謀な賭けはしないのだろう。
「確かに、長が信仰の厚い方だから伝承が受け継がれているのであって、寧ろ信じている者の方が少ないかもしれん。私もあなたを見るまでは、半信半疑といったところだったしな」
「まぁ、それが普通だろうな」
――私を見るまではというところに、少々引っ掛かりを覚えるが
嶺鷹の言葉に僅かに首を傾げるものの、璃羽はフッと笑った。
「それを聞いて、少し気が楽になったよ」
あまり期待されていないのを理解してか、璃羽の肩の荷がだいぶ軽くなったようだ。
そう思うと、今度は楽しくなる。
「姫?」
「忍びの里かぁ……面白そうだな」
何かの企みを思いついたのか、ニヤッとした顔で彼女は呟いた。
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