第7話 龍姫

 「……いつなが妖魔……?」


 璃羽は、一瞬何を言われたか理解できず固まった。

 勿論いつなが妖魔でないことは、璃羽が一番分かっている。

 けれど、この国の者にとってはそうもいかない。

 少なくとも、この翠の前では。


 「いつなは妖魔じゃない」

 「では何だというのだ?」

 「それは……」


 璃羽はチラッといつなを一瞥し、言葉を濁らせた。

 ある程度の事情は話すべきだろうが、かといって何でもかんでも話していいものでもない。

 特にいつなの場合は説明がややこしいだろう。

 どういうべきか迷っていると、翠の方が先に口を開いた。


 「璃羽。そなたがいつなを妖魔でないというなら、私はそれを信じても良いとは思っておる」

 「え……」

 「しかしそれは、そなたが龍姫であればこそだ。この国の救世主の言葉なれば、誰も疑いはせんであろう?」

 「……それはつまり、私が龍姫にならないといつなを妖魔だと判断するってこと?」

 「そうなるな」


 悪戯っぽく翠は微笑すると、璃羽はうーんと考えた。

 いつなが妖魔だと断定されれば、おそらく攻撃されてしまう。

 けれど、仮に機体が壊されたとしても彼が死ぬ訳ではないし、それで交信が途絶えたとしても、いつなが困ることはない。

 もちろん璃羽にとっては、たった独りで取り残されてしまうことになるが、この先もずっと彼に迷惑をかけ続ける状況を考えれば、ここで別れるというのも一つの選択なのかもしれない。

 それは物凄く心細く、耐え難いだろうが。


 だがそんな時、いつなが彼女の心情を察したようにため息を吐いた。


 「また余計なこと考えてるだろ。お前をこんな目に合わせたのは俺だ、俺には最後までお前を守る責任と義務がある。変な気回してんじゃねぇよ」

 「いつな……」

 「安心しろ、絶対見捨てたりしねぇ。お前はまず自分のことを考えろ」


 璃羽は目を丸くするものの、やはり嬉しかったのかどこか安堵したような笑みを浮かべた。

 やっぱり、いつも欲しい言葉を言ってくれるのはいつなだ。

 責任や義務などと口にしていても、結局は心配してくれている。

 それがとても心強くて、頼りになって――そんな彼の存在で決心したのか、璃羽は凜とした様子で翠に向き直った。


 「分かった。私が龍姫になる」

 「……ほぉ。良いのか?」

 「あぁ」


 いつなが苦虫を噛み潰したような顔をするが、璃羽に迷いはない。


 「そもそも断る気はなかったんだ。人助けになるなら協力したいし、どのみち断ったって妖魔に襲われない保証もなければ、路頭にも迷うから。なら衣食住が確保できるだけでも、悪くないだろ?」

 「……そんな楽観的な考えじゃ、すぐに無駄死にしそうだけどな」

 「いつながいれば大丈夫だろ?」


 璃羽がそう言って穏やかに笑うと、いつなは不貞腐れながらも照れ隠しでそっぽを向いた。


 ――ったく、何でそんな顔で笑うんだよ

 

 いつなの頰が密かに赤く染まる。

 すると、翠が嬉しそうに口元を緩ませた。


 「心配せずとも、大事な龍姫をむざむざ死なせたりはせん。護衛もつく」

 「護衛?」

 「そうだ。ちょうど来たようだぞ?」


 翠がそう言って扉に目を向けると、落ち着いた足音が近づき、そこから一人の男が顔を覗かせた。

 それはどこかで見たような――長身で銀髪の男。


 「紹介しよう。私の臣下の一人――嶺鷹みねたかだ」

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