第75話

「はいっ。コーヒーどうぞ」

「あっ、ありがとうございます」

「さっさと飲んで早く出てけ」


 と言って三村は俺たちのことをお店から早く追い出そうとしてくる。

 そんな、害悪客って訳でもないのに、ちゃんと静かにしてるのに。


「しんちゃん本当は君たちと喋りたいんだろうけど私とか他の人が見てるし恥ずかしいのよ」


 と伊佐美さんが笑いながら言ってくれる。


「ゆっくりしていってね」


 その一言だけ俺と蒼太に伝えて、他のお客さんの注文を取りに行った。


 俺は伊佐美さんが淹れてくれたコーヒーを一口飲みながら三村がせっせと働く姿を見ていた。


 すると、いつの間にかカップに入っていたコーヒーがなくなっていた。


 その間、俺は三村が働く姿に見惚れていたと言っては少し気持ち悪いが、カッコいいと思ってしまったのは事実だ。


 すると、三村が俺の視線に気づいたのか、それとも既にわからないが、トコトコとこちらに近づいてくる。


 足音は可愛らしいのに、顔の表情は全然可愛らしくない。


「なんだよ、さっきから人が働く姿をジロジロと見て、俺が真剣にやってちゃ悪いか?」

「わ、悪い。別にそういうつもりじゃないんだ、働いてる三村ってカッコいいなって思っただけだよ」

「はっ??お前らお世辞はいいから」

「お世辞じゃないよー僕もカッコいいと思っちゃった、三村に限らず誰しも真剣に何かに取り組む姿はカッコいいもんだよ?」


 すると三村は褒められて嬉しいのか、それとも恥ずかしいのか、わからない表情で俺と蒼太を交互に見る。


「お、お前ら、そんなこと言ってもここのお代がナシにはならないからなっ!」

「別にそういうつもりは・・・・・・」

「なんだ、ナシにならないか〜」

「いや、蒼太そういうつもりあったのかよ!」


 蒼太が冗談で言っているのは分かっていたが、思わずツッコんでしまった。


 そのあとなんだかんだで、コーヒーをおかわりして、結局15分以上三村のバイト先でくつろいでしまった。


「じゃあ、そろそろ帰るか」

「やっと帰るのかお前ら」

「ありがと三村」

「は?なんだよ急に」

「ありがと三村」

「黒田までなんなんだよ!」


 三村はなにがなんだかわかっていない様子だった。それもそうだろう、いきなり2人からお礼の言葉を言われて戸惑うのは当たり前だ。


「もう帰るの〜?」

「あっ、はい!コーヒー美味しかったです!ありがとうございました」


 俺と蒼太はそう言って、伊佐美さんに一礼してから店を出た。


◆◆◆

「美味しかった・・・・・・か」

「涼子さん、顔赤いっすよ?」

「っ?!み、見るな!」

「あ〜!黒田達に素直にコーヒー美味しいって褒められて嬉しかったんでしょ!」

「うぅ〜、うるさいっ!罰として入口の掃除してきなさい」

「えぇ〜、それはないっすよ〜」


 三村はそう言って、涼子さんから渡されたほうきを持って、店の入口を掃除している。


「やっぱり喜んでる顔も可愛いな」

「掃除サボるな〜」

「は、はいっ!・・・・・・俺このバイト頑張れる気がします!」

「それはお友達のおかげ?」

「それもありますけど、もう一つあります」

「えっ?なに?」

「それは教えません!」

「えー、いいじゃーん」


 残りの時間もバイト頑張る気になった三村であった。


◆◆◆

「ちゃんとバイトしてたねー」

「そうだな〜、それにあんなに綺麗な人と一緒にバイトできるなんて・・・・・・」

「羨ましい?」

「いや、すごく楽しそうだなって、雰囲気も良かったし」


 俺がそう言うと、蒼太は呆れたような様子で俺の方を見てくる。


「別に羨ましいって素直に言っても浮気にならないよ?」

「ち、ちがくて!別に綾乃が居るからとかじゃなくて、単純に楽しそうだなって思っただけだよ、俺もバイトするなら楽しくて雰囲気がいいところがいいし」

「そうだね、そう考えると、三村は楽しそうでよかった」


 伊佐美さんは少し不思議だけど、淹れてくれるコーヒーは美味しいし、頼れる先輩って感じだったから三村のことは心配ないだろう。


 あっ、ちなみに三村って伊佐美さんのことどう思ってるんだろ。


「三村って伊佐美さんのことどう思ってるんだろうね」

「えっ?!あ、あぁ、さぁー三村って案外自分の気持ちに気づいてなさそうだよな」

「それ黒田が言う?」

「いや!俺は、その・・・・・・ヘタレだっただけだ」

「それはもっとヒドイじゃん」


 そう言って、なぜか俺の心がえぐられた。トホホと落ち込みながら帰る俺とそれを見て、笑いながら「まぁ、結果オーライでしょ黒田の場合」と言いながら慰めている蒼太。


 慰めになってない気がするんだが!!


 長い長い1日が終わった。

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