第7話【思い出は胸に、繋がりはこの手に】
「オラオラァ! 人の家に何土足で踏み込んでやがってんだぁ!!」
屋根より高い鯉のぼりなんて童謡があるが、実際に6mを超える視界から見下ろすとなんともわが家が小さく見える。
30年前に建て替えた結構古い家、けれど結構綺麗だなんて思っていたが。
爺さんが死んでからの1年で、そこにどれだけの手間があったのか理解出来た。
だから、ユーラシア連合の秘密警察か、あるいは特殊部隊か。まぁどっちでも大差はない。黒っぽいスーツと暗視ゴーグル、そしてアサルトライフルを構えた連中に土足で踏み荒らされているのを見るのは結構辛い。
「今すぐ、出ていけ! オラっ! 逃げろよ!」
当然ながら、生身で俺がこんなことを口にしたってハチの巣にされて終わり。
だが、全高6mを超える巨人。そのコックピットから拡声器で叫べば話は違う。
まぁ、集中砲火を浴びればダメージは蓄積するし、それこそ戦車砲か艦艇からの砲撃が直撃すれば曲がるかもしれないが。破断する可能性はほぼない。
『よし、もう追い払えた。部隊の編制から考えて隠れてる連中は居ないだろう』
通信機の向こうから聞こえるミス静山の声で、どうやら人のうちに土足で踏み込んだ連中は一通り逃げ出したのだと判断する。
なにせ、ラストサムライに乗ったまま。足元で動き回る連中を踏みつぶさないように気を使って蹴散らすふりして脅したわけで。
彼らが逃げたかどうか、ちゃんと見る余裕なんてどこにもなかった。
それこそティエンのように股間に対人機銃でもつけていれば、わざわざ足で踏みつけて脅すような真似はしなくても良かったのかもしれないが。
やはり股間に機銃というのは間抜けだし、何より生身の人間に銃弾を狙って撃てるほど俺は覚悟は出来てない。
『家から持ち出すものがあるなら急いだ方が良い、時間はないぞ』
当然、連中だってただ逃げた訳では無いだろう。基地の距離から考えて30分もしないうちにティエンの小隊か、あるいは無理して中隊程度は出てくるかもしれない。
「ああ、分かってる。本当に、持ち出したいものは1つか2つだ」
本音を言えばこの家を全部持っていきたい。爺さんと、婆ちゃんと…… 記憶は薄れたが父さんと母さん。家族と過ごした時間の半分はこの家に詰まっている。
だが、もう半分は俺の胸の中にある。だから持ち出すべきものは――
「まぁ、自分の家だからな…… 土足ってレベルじゃねぇが!」
家の庭に据え付けられた倉庫の正面に蹴りを入れる。
全長6mの巨大が振う足は、まるで発泡スチロールで出来た玩具みたいな気安さで壁を吹き飛ばす。まぁトタン板と木材の柱で出来た代物なので、パワーショベルでも似たような真似は出来るのだろうけれど。
『……特殊部隊の連中が中に居たら、死んでいたというのは分かっているね?』
「そりゃな、けどここから生身で降りて荷物を取りに行くんだ」
あそこまで分かりやすく警告した以上、それでも潜んで俺の命を狙う相手には容赦は出来ないし、そもそもする余裕が無いのだ。
残念ながら、俺はアサルトライフルを持った特殊部隊相手に立ち回れない。
それでも、ここには是が非でも回収しておきたいものがある。
瓦礫から引き抜いた足には、幸いにも血はついていなかった。
『レーダーに反応はない、時間的には予定通り30分はあるけど』
更に瓦礫を蹴っ飛ばし、倉庫があった床の跡。そこに据え付けられた地下室の入り口をむき出しになったのを確認し。俺はラストサムライを降着姿勢に切り替える。
意外と軽い衝撃。操縦席を開く瞬間、不安が過るが――
どうやら隠れていたスナイパーにズドン、なんてことはされなかった。
ラストサムライに乗りっぱなしで火照った体に、真夜中の冷たさが心地よい。
「分かってる、さっと回収してくる」
そのまま1.5mほどの高さを駆け下りて、変わってしまった。
俺が変えてしまった日常の光景を目に焼き付けながら、地下室の中に走り込む。
しばらく誰も立ち入らなかった誇りの匂い。昔に俺の為に用意された鯉のぼり、あるいは家族皆でいったキャンプ道具。いつの間にか使わなくなった電化製品。
そんな思い出の詰まったガラクタをどけながら、その奥にある鞄を取り出す。
(まだ、使えるかどうかは。分からないけどさ……)
普段使っている携帯電話よりも重いずっしりとした感覚。
1G辺り10万円なんて法外な値段と引き換えに、キャリアを無視して直接米国の衛星と通信できる携帯端末。
この国が占領される前に、どこからか爺さんが手に入れて。いざという時に使えと隠していた代物。
「せめて、さ……」
持っていくのはそれだけでいい。
他の物は選べない。持っていくなら全部、何もかもじゃないと耐えられない。
「爺さんの知り合いには、色々と話を通しておきたいしな」
そう呟いて、思い出が詰まった地下室を後にする。
あまり長くとどまると、動けなくなりそうで。
だから刻むこむように、この場所の光景を目に焼き付けながら。
俺は地上のミス静山と、俺を待つラストサムライの元に向かうのだった。
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