第123話 司side腕の中の可愛い子猫
漆原への恨みつらみや、悲しみ、喜びを言葉にしてぶつけると、僕の心の中に残ったのはたったひとつの事だけだった。僕はこの目の前の存在を愛しく思うという事。単純で、明瞭な事実。ごめんなさいと小さな震える声で抱きついてきた、そんな振る舞いに僕は簡単に絆されて、喜びで満たされて。ああ、僕はこんなに、漆原の前では簡単な人間なんだ。
僕は漆原の、いや、景にキスした。景が逃げたければ逃げられるように。そんな強引になりきれない僕の気の弱さが、いずれ後悔の元になるかもしれないと頭の片隅で感じながらも、僕は景が逃げ出さない事にホッとしながらキスした。
景の唇はリップでも塗っているのか甘くて、美味しそうな香りがした。でもそんな事はあっという間に重要じゃなくなって、僕は目の前の景を貪った。こんなに愛しく感じるはじめての存在を僕に繋ぎ止めたくて、僕の痕跡を残したくて夢中になってしまった。柔らかな口の中まで甘くて、僕は景の吐く息まで吸い込む勢いで景とのキスに溺れた。
景の微かな呻きで、僕はハッと我に返った。僕のキスで蕩けた可愛い顔をした景をうっとりと見つめながら、僕はすっかり景の事を好きになってしまっている事に気づいた。そんな僕の気持ちに景は苦しそうな顔で言った。
自分がどうしようもない人間だ、嫌な人間だと言って、ポロポロと溢れる涙を拭いもせずに、子供の様に泣く景を僕はぎゅっと抱きしめた。甘い香りがして、柔らかな景は僕の腕の中で酷く壊れやすくて、華奢に感じて、守ってあげたくなるばかりだった。景が流されやすいのは分かってた。その時々、本気なのは実際そうなんだろう。
はたから見れば、軽いだとか言い方はあるだろうけど、そのお陰で僕の腕の中に景が居るという事実がある。僕はクスッと笑った。景は赤くなった目尻に雫を溜めて僕を見上げて言った。
「…何で?おかしかった?」
僕は景の目尻を指先で拭って言った。
「僕がこうして景にキス出来るのも、景が流されやすいせいかなって思ったから。ありがとう。その時々の気持ちが本物なら、僕はこれからじっくり景の心を僕のものにする。春になれば僕らは晴れて大学生だ。大学も近いしね。誰にでも懐きそうな子猫なのはちょっと心配だけど、可愛いからしょうがない。早く僕をご主人だと思って、もっと懐いて。ね、景?」
そう言って僕は可愛い子猫をぎゅっと抱きしめたんだ。
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