君の姿と、この掌の刃 外伝 〜落伍者はカヅキの痕を追う〜
飯田太朗
電話だぞ
「カヅキ」と呼ばれる部隊があった。
王国軍特殊戦闘部隊。通称カミガカリの下部組織として存在していた。カミガカリになるにしてはカムイの行使に難がある子供たちの部隊で、その欠点を補うために最新技術の適用を検討された実験部隊だった。隊員六名。指揮官兼試験官一名。計七名の部隊だった。隊の主な目的は二つ。
カミガカリの新たな装備の開発に貢献すること。
その装備を以てカミガカリの補填員として備えること。
カヅキには特殊なカミイケが与えられ、その機能について数値がとられていた。カヅキに使用が検討されていたのは、特殊な繊維を用いた外套だった。外套は名を「カグラ」と言った。
カグラはカムイの飛散を防ぐ作用があった。通常時のカムイ行使に比べ、カグラ着用時はカムイの消費を六割程度に抑えることが可能だと見込まれていた。ただ、耐久性という点で懸念があり、戦地実用のために様々な角度から企画検討をされていた装備だった。
先述の通り、カヅキ構成員はカミガカリに「不適合」だと判断された子供たちだった。主要な構成員はまだ幼く、十歳前後の子もいた。
しかしカグラの開発が最長で五年ほどだと見込まれていたので、これが実装される頃にはカヅキもカミガカリとして使える年頃になるだろうという判断が下されていた。元より、装備の開発さえ終えてしまえば用済みとしてもいいと考えられている部隊だった。クレイ王国の「五カ年計画部隊」と言えば、軍の人間ならば大抵カヅキのことだと理解している。
カヅキはカミガカリ不適合者の中でも一定の基準を満たした女児のみが集められていた。詳細は明らかになっていないが、男児に比べ、繊細なカムイ操作が得意な女児(と、当時は認識されていた)ならより子細な数値が取れると判断されていたらしい。
実際に彼女たちが戦地に赴くかどうかはともかくとして、装備の開発には様々な視点が求められたため「女児のみ」という判断だった。彼女たちは言わば、「身の安全が保障された実験台」だった。事実貴重な人材ではあったので、戦闘訓練こそされていたが実戦に使われることはないと、多くの軍上層部は考えていた。
カヅキの子供たちはカミガカリ訓練生に混じって訓練基地に集められた。基地の中でも、白い外套(これがカグラだった)を着て特異な雰囲気を放っている女児たちのことを、軍の上部も、また訓練中の少年兵たちも、奇異なものを眺める目で見ていた。彼女たちはその視線の中を生きた。
しかし終戦に伴い、カヅキの計画自体も空中分解してしまった。彼女たちは実戦経験のない軍人として終戦を迎えた。後に残されていたのは、ただの訓練生と言うにしては肩書が大きすぎ、そして退役軍人と言うには肩書が小さすぎる、中途半端な女の子だけだった。だが軍人は軍人だった。カヅキはモウヤ・クレイ共同安全保障諜報部により監視下に置かれていた。監視下、と言っても実際は週に一度、諜報部本庁に出頭を求められ、その週に何をしたか、翌週は何をする予定か、出頭時の健康状態などを管理されるだけで、言ってしまえば民間で働く人間と大差はなかった。ただ民間人と大きく違うところは、退役年金という名の給付金があり、特に働かなくても慎ましい生活なら何の問題もなく送れるというところだった。
ある者は王都の片隅で小さな花屋を。
ある者は知人の伝手をたどってお菓子屋での手伝いを。
ある者は湖畔の家で日がな一日編み物を。
それぞれの生活を営んでいた。
そんなカヅキの元隊員、シンドウ・ツバキが殺害されているのが見つかったのは、終戦から五年経ったある日のことだった。
彼女は地方の学校で外国語を教える教師をしていた。無償の塾のような経営をしていたため、地域の貧しい子供たちが勉強するために通っていたらしい。
シンドウ・ツバキの遺体を見つけたのは地元に住む老夫婦だった。
誰もいない教室。
毬のように転がった首。
それに据えられた濁った目。
放り出された白い四肢。
そして血の池で乱れ咲いた長い黒髪。
遺体はシンドウが塾の教室として使っていた廃校の一室で見つかった。
それが約二か月ほど前のことである。
*
私は落伍者だった。
カミガカリの中でも落伍者と呼ばれてもおかしくない、カヅキの構成員にさえもなれなかった、正真正銘の落ちこぼれだ。
主な理由は体格だった。私は小さすぎたし細すぎた。そもそも訓練生として徴用されたこと自体謎だった。小さな女児だ。普通なら保護の対象だ。だから私が自分の体積の半分くらいの荷物(必要な荷物をまとめるとそれくらいになった。逆に言うと私の体格はそれくらいだったということだ)を持って訓練基地に入った時、周りの人間は猫の中に鼠が紛れているような目で私のことを見つめた。
ただ愛国心だけはあった。それと正義への熱い気持ちはあった。だから私は、軍人になろうとした。カミガカリになろうとした。例えその道が絶望的だと分かっても、当時まだ形のまとまっていないカヅキの構成員にはなれると信じて、訓練基地の中で毎日鍛錬を積んでいた。居残りや早起きは当たり前だった。ただただ根性ばかりがあった。
そんな私は終戦後、王都の一角、肉体労働者が多く集まる街の片隅で保険の調査員として働いていた。調査員と言うと何だかかっこいいかもしれないが、実態は莫大な保険金のかけられた飼い猫の失踪案件だとか、同じく保険のかかった指輪の紛失捜査だとかそんなことばかりである。
平和だった。私には平和が訪れていた。如何に効率的に人を殺すかなんてことは考えなくてもよくなったし、鍛錬を積む必要も、居残りも早起きもする必要がなくなった。ただ飼い猫だの指輪だのがどこにいったのかだけを考えていればいい。そんな毎日だった。
仕事の相棒、ジョウジは、書類上は私の上司に当たる人間だったが実際は共同経営者みたいなものだった。ジョウジがとってきた仕事を私がこなすという、そんな役割分担だった。小柄な私が行動班なのは単純な理由で、元軍隊関係者だから多少のトラブルは自分で対処できるだろうというこの一点につきた。実際、保険金が絡むと突飛な行動を起こす人間は少なくなく、何度か実力行使をしたことはあった。私は成人しても小さい体格のままだったので、大の大人を、それも男を殴り飛ばすとそれはそれは周りから喜ばれた。ちょっとした快感にさえなっていたかもしれない。
「トワ。電話だぞ」
ある日。ジョウジが私にそう告げた。電話。珍しい機器だ。電気信号で遠隔地と繋ぐ。しかし終戦後はこんな道具も珍しくはなくなった。もしかしたらこの変化に追いついていない私はもう歳を……なんて言うほど老いてはいないしむしろ若い、乙女と呼ばれてもいい年頃なのだが、しかし過ぎた時を感じずにはいられない。
「誰から?」
机の上に山積みになった報告書を整理しながら応じる。報告書の最終行には報告者の署名が必要で、私はただひたすら機械的に「イシマ・トワ」という自分の名前を書き続ける作業をしていた。
ジョウジはこちらの声が聞こえないよう、受話器をしっかりと押さえながら私の問いに答えた。そういうところは気の利く男だった。
「ドバシ……とかいう人だ。おっさんっぽいぞ」
手が止まった。
ドバシ。師匠からの連絡だった。
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